第14話 傭兵隊長
「国王との話はどうでした?ニコラさま」
部屋に戻ったニコラに、レティシアが聞く。
レティシアは長い髪をまとめ上げ、男装に近い凛々しい姿になっていた。
愛用の細身の剣も腰にしている。
「緊張したな……。この姿で王と会うというのは」
ニコラはため息交じりの返事をした。
「何か怪しまれたのですか?」
「いや、それはない。セイルーズを奪われたことについては、戦に参加することで不問となった」
「それはなによりでした」
「もう一つ。ニコラの名を引き継ぐことについて、王の許しを得た」
「それは、名前がユーグ様ではなく、ニコラさまになるということでしょうか」
「そのほうが何かと間違いがないと思ってな」
「そう、ですね……」
うなずいたレティシアの表情が気になる。
ユーグの名が失われることを気にしたのだろうか。
口を開きかけたが、声が出てこない。
それを聞くことは、ユーグとレティシアの間に踏み込むような気がして、なんとなく憚られた。
あえて、話題を変える。
「今、王は軍議に入っているようだが、おそらくこのままニール平原に押し出し、ラスカータ帝国軍と会戦、ということになると思う」
「ニール平原ですか。以前……ニコラさまが仰った通りですね」
ニコラ、と呼んできた。
「……そうだな。あそこで正面からぶつかることになる」
「ごまかしはききませんね」
「兵力ではおそらくこちらが上回るようだ。あとは、この状態でアーネストはどう出てくるか……」
「何もなしにぶつかるだけ、というのは考えにくいですよね?」
「だろうな」
うなずきながら、あらためてレティシアの姿に気が付いた。
「レティシア、その恰好は……?」
「私も戦いに参加をいたします」
「いや、それは……」
言いかけて、その言葉が止まる。
レティシアの目。
冗談で言っているのではない。
覚悟ある者の目だった。
「……本気なのか?」
「セイルーズの時のように、何もできずに捕まることなどできません。それに、今のニコラさまはその身体に慣れていらっしゃらないと、仰っていました」
「そうだ。慣れてきつつはあるが、まだ完全じゃない」
「はい。ダニエルとの戦い。本来のニコラさまであれば、逃がすことなどなかったはずです」
「レティシアの目からはそう見えたか?」
「はい。であるならば、背中を守る者が必要でしょう?」
そう言うレティシア。
その実力を知っているだけに、頼もしくはある。
が、剣術の立ち合いと戦争は違う。
命を落とす危険も当然ある。
できれば戦場には立ってほしくないが、かといってレティシアの言うとおり、セイルーズでは城にいて捕まっている。
もう一度レティシアを見る。
「レティシア」
「はい」
「……背中は頼む」
「はいっ!」
嬉しそうにうなずく。
これが一番だろう。
近くにいれば、守ることができる。
不測の事態にも対処しやすい。
「……それでは、一緒に戦う傭兵隊に面会と行こうか」
「ベルナール、殿でしたか?」
「ああ。話の通じる人物であることを願うばかりだな」
笑いながらレティシアを促して、歩き出した。
城の一角。
兵舎が立ち並ぶ一番端に、傭兵隊にあてがわれた場所があった。
数人の塊がいくつかあり、その間を抜けていく。
「傭兵は金でやとわれて戦いに参加するのですよね?」
並んで歩きながら、レティシアがニコラを見る。
「そうだな。王国にしても帝国にしても、自分のところだけでは数をそろえられないから、戦争のたびにそれなりの数の傭兵を雇っている」
「それがこの方たちですか」
周りを見るレティシア。
女の姿に、傭兵たちがざわめいている。
「質の悪い者もいるから離れないようにな」
そう言うと、レティシアは少し身を寄せた。
先ほどから、あからさまにレティシアを値踏みする視線が飛んできている。
「いざとなったら、ニコラさまが助けてくれるのでしょう?」
「いざとなったら、な。ただ、ここにいる奴らがレティシアを負かせるとは思えないけどな」
「複数に襲われたらわかりません」
「いや、大丈夫だろうな。この程度の人数であれば」
「どうでしょう。負けないつもりではいますが」
「数人では、レティシアの姿をとらえることすら難しかろう」
「買いかぶりすぎです」
「どうだろうな」
実際、レティシアであれば一瞬で数人は制圧できるだろう。
いくつかの傭兵の集団を抜けた先。
馬小屋の柱にもたれて座り、剣の手入れをしている男がいた。
「ベルナール殿か?」
声をかけると、一斉に十数人の傭兵からの視線が集まった。
殺伐とした雰囲気。
「何だ?」
ぼさぼさの髪にひげ面だが、座っていても背が高いことがわかる。
肩の筋肉が盛り上がり、鍛え上げていることが伝わってきた。
「この傭兵隊の目付け役のニコラだ。よろしく頼む」
「……なるほど。そっちは」
横のレティシアに目を向ける。
「妻だ。彼女も此度の戦に参加することになる」
周りからドッとした笑い。
「冗談だろ?女が戦場に出て何をしようってんだ?裸になって敵の気でも引いてくれるのか?」
「それもいいが、正直彼女は私より強い」
再び巻き起こる笑い声。
「その、ニコラ殿か?あんた、自分が弱いことを喧伝して何がしたいんだ?」
「事実を言っただけだ。それにもう一つ事実を言えば、私は君より強い」
そう言った途端、ベルナールの笑顔が凍り付いた。
周りも静まり返る。
ベルナールが顔をしっかりとこちらに向けた。
「……言うね、あんた。というと、何か?俺はそちらの女よりも弱いということか?」
「そういうことになる」
「なるほど。……けど、俺たちにとって口だけってやつは、一番嫌われる」
「わかってる」
「じゃあ、どうする?」
「これだろ?」
言うなり、ニコラはゆっくり剣を抜いて構えた。
再び空気が変わる。
今度はひりついたような雰囲気。
「……それがどういうことかわかっているのか?」
「寸止めだ。遊びのようなものだ」
笑ってみせる。
ベルナールが唇をかんだのがわかった。
「いいぜ。遊びだな?」
「遊びだ」
ゆっくりうなずく。
ベルナールは手入れをしていた剣を握りなおす。
そのまま腰をあげようとしたとき、ニコラはわずかだが切っ先をベルナールに向け、半歩前に出た。
ベルナールはわずかに腰を浮かせたまま固まる。
緊張の時間。
ニコラとベルナールの間の空気の密度がどんどんと高まっていく。
息ができない。
瞬きすら許されない。
それが限界まできて弾けようとしていた。
境界を越える寸前。
ベルナールの剣がかすかに揺れる。
刹那、ニコラが踏み込み、ベルナールが剣を突き出した。
金属のこすれる音。
ベルナールの切っ先はニコラから外れ、ニコラの切っ先はベルナールの首筋にぴたりと押し付けられていた。
「……本当に遊びじゃ済みそうにないな」
ベルナールが息を吐きながら、剣を引いた。
ニコラもゆっくりと剣を鞘に戻す。
「……いい踏み込みだった。不利な体勢からでなかったら、貫かれたのはこっちだ」
「いや、こっちもあんたの実力は充分に分かった。相当なものだ」
歯を見せて笑う。
さっぱりとした男のようだ。
「実力のある傭兵隊のようで安心した。今回はなかなか厳しい戦いになる」
「帝国が相手となれば、そりゃ厳しいか」
「ああ。ただ、勝てれば褒賞は大きい」
「なるほど。こっちは金がすんなりもらえればそれで文句はないが……。あんた、まだ若いだろ?」
「二十五だ」
一瞬、考えてから答える。
「なるほど。それでその剣の腕か。よっぽどどこかで修行して、実戦も繰り返しているってことか。でなきゃ、その雰囲気は出せない」
「修行はしたが、実戦はない。今度の戦いが初陣だ」
「嘘だろう?この場での冗談は笑えない」
「本当だよ」
「まさか」
「本当だ」
うなずくと、ベルナールはこちらをじっくりと見た。
「……まあ、いいが。世の中にはいろんなやつがいるものだからな」
「そういうことだ」
「で、もう一つ聞くが、あんたより奥さんの方が強いってのは本当か?」
「もちろん」
「まさか……と言いたいが」
ベルナールが今度はレティシアをじっくりと見る。
その視線は先ほどまでの値踏みをする目とは違う。
「やってみるか?」
「いや、やめとこう。強いのはなんとなくわかるし、さすがに傭兵隊長が女に負けたってのが知れ渡るのは体裁が悪い。こっちから先、他の傭兵から舐められることになる」
ベルナールがレティシアを見て言う。
そのベルナールにレティシアは頭を軽く下げると、
「それではいずれ、ということで。その時はお手合わせをお願いします」
その立ち居振る舞いにのまれたのか、
「……ホント、世の中にはいろんなやつがいるよ」
つぶやくように言った。
「それでは、私たち二人もベルナール、君の隊に入れてもらうことになる」
「信頼できる目付け役は俺たちにとってもありがたい。この御時世、誤魔化して上前跳ねる奴なんて吐いて捨てるほどいるからな」
「だろうな」
ニコラがうなずくと、ベルナールが正面に立つ。
やはり背が高い。
「それじゃ、お互いのことがわかったところで、握手くらいはいいだろ?それとも貴族様は傭兵風情には触れるのも嫌かい?」
そう言って、手を広げて見せる。
「いや。そんなことはない」
ニコラは手を伸ばす。
それをベルナールがつかんだ瞬間、思い切り引っ張られた。
同時にニコラも同じ速度で前に出る。
交差する二人。
投げようとしたベルナールに、対応したニコラ。
ゆっくりベルナールが息を吐いて笑う。
「……なるほど。咄嗟の対処も大したものだ」
「こちらこそ」
笑みを返し、手をはなして元に戻った。
「ニール平原での戦いになると思う。数日後には出陣の予定だ。それまでには準備を済ませておいてくれ」
「了解だ。ニコラ殿」
「では、また戦場で」
ニコラはレティシアを促しながら、今来た道を戻る。
周りの何人かの傭兵が舌打ちをする。
歓迎されてないことは分かるが、傭兵は何と言っても隊長だ。
隊長さえ押さえれば問題はない。
そのままニコラがいくらか歩いた時、
「忘れものだよ!」
傭兵の一人が後ろからレティシアに掴みかかろうとした。
が、そのまま膝から崩れるように地面に転がる。
かすかにレティシアが細身の剣を鞘に戻す音だけがした。
何が起きたのかわからない。
ただ、レティシアが何かをしたことだけは分かった。
傭兵十数人は理解不能の事態に声も出せない。
だが、ベルナールは見えていたらしい。
「……ニコラ殿。先ほどの言葉、よくわかった」
「それは何より」
「凄まじいな……」
「本当に」
うなずくと、
「……それではまた後日」
今度こそ傭兵隊の兵舎を後にした。
隣を歩くレティシア。
「……抜刀して、足をすくったのか?」
「はい。剣の腹で」
「セイルーズに来てからは訓練をしていなかったように思えたが」
「こっそりと続けておりました。あまり、ユーグ様は私が剣を使うのを好んでおられないように思えましたので」
「そうだったな。あいつは剣よりも学問だった。にしても……」
振り返り、抜刀しつつ剣の腹で足をすくい、そのまま剣を収める。
それを気が付かれないくらいの速度でやる。
果たして今の自分に可能かと問う。
……いや。
あそこまで速くはできない。
先日、ダニエルも自分より才能が上だと感じたが、レティシアはそれすらも上回る気がする。
……まったく。
笑ってしまうほどに、世の中広いようで狭い。
自分より上の存在など、そこいらに転がっているものらしい。
「どうかされましたか?」
「いいや、何でもない」
笑って答えながらレティシアを見たとき、一瞬の既視感を覚えた。
頭の中に今より少しだけ若いレティシアの姿が映像として映し出される。
ユーグと結婚したばかりの頃か。
その映像はすぐに失われてしまったが、既視感というのは変だ。
ニコラには、その時のレティシアの姿の記憶がない。
……ユーグの記憶だろうか。
ふと思ってしまった。
ニコラに覚えがない以上、それしか考えられない。
不安がよぎる。
……不安?
もしユーグが目覚めようとしているのなら、それは望むべきことだ。
それなのに、自分はそれを不安と感じてしまった。
レティシアが隣を歩いてくれて、アーネストという強敵に挑もうとしている。
自分は今の状況を楽しんでいるのではないか。
……息子を犠牲にして。
「ニコラさま?」
歩きながら、こちらをじっと見てくる。
「いや……戦いを前に昂っているのかもしれないな」
ごまかしたが、何かを察したかのようなレティシアの反応。
ニコラにもわかった。
レティシアも何かを思っている。
当然だろう。
夫の身体はあるのに、夫はいない。
異常な状況。
しばらく何も話さず並んで歩く。
「……ニコラさま」
「ん?」
「いろいろあります。お互いに話さなければならないことも」
「そう、だな」
「でも、今は……」
「その時ではないか?」
「はい。……私も自分がどうしたいのか、まだわかりません。それでも今は、起こったことを受け入れるしかないと思っています。今の私には、それしかできません」
……お互いに不安はある、か。
「フフ、弟子に諭されてしまったな」
「そんな。出過ぎた真似を」
「いや、助かる。であるなら、今は私もアーネストに全力で挑む」
「はい。その時の背中、守らせてください」
嬉しそうに答える中にも、少し寂し気な雰囲気を見せるレティシア。
今のレティシアに対し、どのような距離感でいればよいのかはやはりわからない。
わからないが、できることをする。
その決意をしつつ、ニール平原があるであろう方向を見た。




