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第13話 接見

「セイルーズを奪われ、領地を失いましたこと、誠に申し訳ございません」


オレアン王国、現国王ジャンの前で片膝をついて頭を垂れる。

ブロワ伯領、城内の一室。

後ろには先ほどまで王へのあいさつをしていたブロワ伯。

そのブロワ伯との会話が一通り終わったのち、ニコラが呼ばれて跪いている。


かつては一緒に戦い語り合った仲であるが、今はユーグの身。


……おかしなことになったものだ。


そう思いながら頭を下げ続けていると、声がかかる。


「さて、ユーグよ。戦が迫っているこんな時だ。この場を簡易の裁定とする」

「かしこまりました」

「さて……家臣に裏切られたそうだな」

「はっ」


緊張の声で答える。

立場、身体が違えば、王の声もこう違って聞こえるものか。


「帝国に接する領土を任されている身としては、うかつであったな」


威厳のある声が上から降ってきた。

先の大戦で先王が戦死して以来、十代半ばで王位を継ぎ、三十年この王国を率いてきた国王ジャン。

ニコラでいた時には感じられなかった雰囲気。

ニコラは先王の時代より仕えており、五十手前の国王に比べると一回りちかく年齢が上。

しかも、先の大戦で大きな役割を果たしている。


今から思えば、国王といえどもニコラ、ブロワ世代の臣下には遠慮があったのかもしれない。

つっと汗が頬を流れるのを感じながら、のどの奥から声を出した。


「……言い訳の言葉も見つかりません」

「であろうな。私も王としてその失態に対しては罰せねばなるまい」

「はい。いかようにも」

「さて、ボドワンよ。どう思う?」


王の後ろに控えていた長身、痩身の男が一歩前に出た。

王国の宰相を務めるボドワン・バルテである。


国王の乳母の子として、幼少より国王ジャンを支えてきた。

現在、王国は国王と宰相の両輪で回っているといっていい。

もともと厳しい表情がさらに厳しくなった。


「さて、そうですな。やはり領国を奪われた責は大きいと言わざるを得ないでしょう。容易く帝国の侵犯を許したとあっては、国境を守らせていた意味がございません」

「ふむ、確かに。とはいえ、帝国の侵攻を迅速に報告し、かつその状況を把握するという、最低限の仕事はしたと言ってもいいぞ?」


ボドワンに向けて王が口元で笑ってみせる。


「もちろん、その点は加味するべきでありましょう。それでもなお、自らの家臣の裏切りに気が付かなかった点。こちらの落ち度については責がございましょう。常より家臣の動きをよく見ておれば、何らかの予兆に気がつけたでありましょうから」

「フフ、それは我が父に向けての言葉かな、ボドワンよ。先王も戦場にて部下の裏切りにより戦死をしている」


その言葉にボドワンは少し驚いたような顔をした。


「これは……。どうも国王は若き伯爵を許したいと思っておられるようだ」


国王も苦笑する。


「ここでユーグを罰したところで始まるまい。何より、ニコラ前伯爵が亡くなっている。そのことで責を果たしたと考えてよいし、なによりこれから帝国との戦いが始まるのだ。そんなときに自らの部下を罰して力をそぐようなことは避けるべきであろう」


国王ジャンの返事に、ボドワンは大きく息を吐いた。


「……そうですな。ユーグ殿はセイルーズに戻り、その状況をつぶさに見ておられるとのこと。その功績も考えれば、戦いに赴いていただき、自らの領土を取り返すのに役立ってもらうことがよろしいかと」

「そなたは相変わらず素直ではないの。簡単に許すとはならないものか」

「厳しい目を向ける者が一人は必要でしょう?であればこそ、国に規律というものが生まれます」


その返事に国王は苦笑し、片手を軽く上げた。


「わかった、わかった。私の負けだ。ボドワン、そなたが嫌われ役をやってくれているおかげで、私はうまくかじ取りができている。この上ない感謝を」

「もったいないお言葉です」


冗談めいた王の言葉を生真面目に受け止めるボドワン。

この二人は常にこのような感じなのだろう。

そのボドワンがユーグの姿をしたニコラに視線を向けてきた。


「……さて、ユーグ殿。先ほどあった報告の通り、ラスカータ帝国の先遣隊は援軍も含めて五千ほど。率いるのはアーネストだということでよろしいですな?」


ボドワンに顔を向けると、


「はい。帝国兵力については概算であり、誤差があることを申し上げておきます。また、アーネストが率いていることについては、この目で確認しておりますので間違いないかと」

「なるほど、よろしい」

「ボドワン。そなたの得た情報も同程度であったかの?」


王が口をはさむ。


「はい。帝国側の指揮官が誰かは分かっておりませんでしたが、ユーグ殿のおかげで判明いたしました。兵力については、こちらの情報でもやはり五千程度。ただ、帝国領内では東方遠征の準備にかかっているのが相当数いるようです」

「どの程度になる?」

「さて、そこまではわかりかねますが、帝国内での物資の動きが活発になっているようです」


その返答にジャン国王が腕を組む。


「どうするが良いと思う?現在、集めている兵は七千弱だ。この兵力で今すぐセイルーズの五千を攻めるのが良いか、それとも兵力が集結するのを待って攻めるのが良いか」

「そうですな……。こちらが兵の集結を待てば、帝国にも更なる援軍が到着しますでしょう。であるなら、現時点でも数の上では有利を取れます。このまま押し出し、ニール平原での会戦に臨むのが上策と考えます」

「その根拠は?」

「帝国の戦闘能力がどの程度のものかまだ分かっておりません。七千の兵でぶつかり、たとえ敗れたとしても立て直しは可能です。しかし、一万、二万の兵を集めて総力戦になった場合、敗北は王国自体の存在を揺るがします」


冷静に答えるボドワン。

ニコラの身の時も知ってはいたが、常に国王の後ろに控えている印象しかなかった。

が、この問答を聞く限り相当に優秀なのだろう。


「なるほど。いきなり全てをかけた総力戦を行うのではなく、まずは一戦交えるのが良いということか」

「はい。あのアーネストが指揮を執るとなると、なおさらです。噂通りの実力なのか、それとも尾ひれのついた実力なのか。雌雄を決する戦をする前に、一度戦っておくことは必要かと」

「……アーネストか。以前の平和条約の際も来ておったな」

「帝国内では確固たる力を持っているようですな」

「わかった。ではニール平原だな。現兵力を持って、帝国を迎え撃つ」

「かしこまりました……が、やはり王も出られるので?」

「当然であろう?国の危機だ。国王自身が出陣せずしてどうして勝てようか」

「まったく。ユーグ殿からも言っていただきたいものです。国王がその身を危険にさらしてどうするのだと」

「は……」


頭を下げたが、王に進言できる身ではない。

が、国王らしいとは思う。

先の大戦でも、奥に控えている王ではなかった。

前線に出て、兵と一緒に戦う王だったのだ。


「さてさて。仕方ありませんが、牽制の意味も込めて王国南部のベルダ公爵をはじめとする諸侯の兵を北上させましょう」

「弟か。ふむ。ただ、今からではニール平原での戦いには間に合わないだろう?」


疑問を投げたジャン国王に、ボドワンはゆっくりとうなずく。


「無論です。しかし、アーネストも名将と呼ばれる男。情報の収集に余念はないでしょうし、なれば当然、その動きを把握するはずです。守備の薄くなったセイルーズを脅かされるとなれば、帝国の動揺を招くことは可能です」

「戻る場所を脅かすわけか」

「その通りです」

「ふむ……。では、ニール平原で勝てば、そのまま南方の諸侯とともにセイルーズに押し込み、帝国軍を撃滅する。負ければ、退却をしつつ南部の軍と連携し、防衛線を築く。そんなところだな」

「そういうことです。詰まるところ、国王にニール平原で勝っていただければ、損害も少なくて済みますし、早期に帝国を追い出すことができます」


仰々しく芝居じみた礼をするボドワン。


「フフ、簡単に言ってくれる。どうだ、ボドワン。そなたの目から見て勝つ見込みはあるか?」

「さて。私は内政を担当しておりますからな。戦においても兵站など後方支援のことであるならお答えできますが、前線でのことは分かりかねます」

「なるほど。得手不得手はあるものだからな。そちらは後程将軍らと話してみることとしよう。しかし、こうなると、ますますニコラ伯を失ったのは痛いな」

「そうですな。実戦経験からくる忠告をしてくれたでしょうから」

「ま、ないものをねだっても仕方ない」


そう言った国王の言葉に、思いついたことがあった。


「……一つ、お許しを願えないでしょうか?」


丁重に切り出す。


「何だ」

「私はユーグとして伯爵の身を受け継ぎましたが、今この場を持って父ニコラの名前も引き継ぎたく思います」


その言葉に驚いた表情を見せたが、少し考え、


「……悪くない申出のように思う。ニコラの名前は国中に響き渡っているし、引き継ぐ者がいるとなればその名が失われた衝撃を和らげることもできよう。どうだ、ボドワン」

「問題ございません。過去にもいくらでもそういった事例はございます」


その返事に国王はゆっくりとうなずくと、


「では、この場にて宣言する。ユーグ・アンジェはこれよりニコラ・アンジェを名乗ることとする」

「かしこまりました。父の名を汚すことのないよう、努力いたします」


再度、頭を下げて平伏すると、心の内でほっと息を吐いた。

これで自分のことをニコラという間違いも避けられるし、ユーグと呼ばれることもなくなる。


「では、各所に通達をするよう手配いたしましょう」

「ありがとうございます」


ボドワンにも礼を言う。

国王ジャンもうなずくと、


「ニコラの名が王国の吉兆となることを」

「はっ」

「では、戦の準備に取り掛かるとしよう。アーネストと長い付き合いになるか、それとも今回限りにできるかは、ニール平原での戦にかかっているということだ」

「で、ありましょうな」


ボドワンもうなずく。


「では、将軍らを集めろ。ブロワ伯、そなたもだ。これより軍議に入る」

「かしこまりました」


ボドワンと後ろのブロワ伯が頭を下げる。


「さて、ユーグ、いやニコラよ。裁定の結論だ。ブロワ伯よりそなたも従軍させてほしいとの嘆願が届いておる。ブロワ伯軍にて戦に参加するがよい。それをもって、領土を奪われた償いとする」

「ありがたきこと。全霊をもって戦います」

「そうするがよい。父の名に負けぬ活躍、期待している」

「は」


深く頭を下げるニコラ。

国王ジャンと宰相ボドワン、ブロワ伯は軍議へと向かい、ニコラはその三人を見送った

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