第12話 古き友人
ニコラはレティシアと離れると、右手を胸の前に置いて頭を下げる。
レティシアもその後ろでならう。
「……よくぞ生きていたものだ」
震えた声で言う。
「なんとか落ちのびてこられました。ブロワ伯。受け入れていただけたことに感謝を」
「何を言う、ユーグ殿。そなたはレティシアの夫。わが息子だ」
「いえ、セイルーズが陥落し、帝国の侵入を許してしまいました。そのうえ、父まで」
「ニコラ殿は……」
ブロワ伯の言葉が途切れ、それを飲み込んだ後、こちらをじっと見た。
「ニコラ殿がどのような最期であったのか、聞かせてほしい」
「はい……」
ユーグ姿のニコラはうなずくと、自分自身の死の様子を語って聞かせる。
それをブロワ伯は微動だにせずに聞いていた。
語り終えたとき、わずかに震える口を開いた。
「で、では……ニコラ殿は。ニコラ殿は最後まで剣をふるって……そなたを守ったというのか」
「はい」
「そう、そうか……。そうか。さすが、さすがだ。ニコラ殿は……最後まで戦って逝かれたか」
震える声で何度もうなずく。
その瞳がわずかにうるんでいるのを見るに、こちらも胸が詰まる。
「父は……ブロワ伯のことは真の友人であったと申しておりました」
「……そうか。うれしいことだ」
そんなブロワ伯に真実を告げたくなる。
しかし、今はその時ではないだろう。
息子に乗り移ったなどという非現実的な話を信じてもらえるとは思えないし、それが広がった時の影響も想像がつかない。
「お父さま……」
「レティシア、そなたもよく生きていた」
「占領されたセイルーズに囚われておりましたが、ユーグ様が救い出してくれました」
「なんと……」
驚いた表情でこちらを見る。
「いや、ニコラ殿からもユーグ殿はどちらかというと本を手にすることが多いと聞いていたものでな。驚いた」
「いえ、必死でやったことです」
「囚われた貴族がどうなるか。その行く末が悲惨となることも多い。よくぞ……よくぞ、救い出してくれた」
「当然のことです。……妻、ですので」
この言葉を言うのは、少しためらわれた。
レティシアの視線を感じる。
「さすがはニコラ殿の息子だ。ニコラ殿は良い跡継ぎを残された」
「いえ、そんなことは……」
首を振るが、対応に戸惑う。
自分はユーグではないと言えないもどかしさ。
「さて、ゆっくり休んでくれと言いたいところだが、そうはいかない事情もある」
「はい。帝国の侵入を許しています。私は詳細を報告せねばなりません。部下の裏切りによりセイルーズを失ったことも」
「聞いたぞ。家老であったレモンドか。私も覚えているが、まさか、あやつが」
「理由はわかっておりません。私の目からも裏切るような兆候はありませんでした」
今はユーグであることを意識しながら受け答えする。
「そうか……」
ブロワ伯は腕を組んで少し考えていたようだが、顔を上げると、
「いずれにしても、王が自ら軍を編成してブロワ伯領に向かっているとのことだ。そこで報告ができるだろう」
「王自ら……。では、やはり帝国と一戦を交えると?」
「侵攻を受けているのだ。そなたの一報後、情報も集まってきている。帝国側もセイルーズで再び移動の準備に取り掛かっているらしい」
「セイルーズから動く……」
「いずれかの場所で会戦が行われることになる。……そうなると、ニコラ殿がいないというのが響いてくるな」
「はい」
「苦しい戦いにはなるだろう。なにしろ、王国は三十年ぶりの戦だ」
「その上ですが、相手はあのアーネストになるかと」
「見たのか?」
目を剥いて聞き返してくる。
「はい、今回の侵攻軍の司令をやっているようでした」
「そうか……。このこと、アーネストのことも含め、そなたの口から王に伝えた方がよかろう」
「直接とは。接見が許されましょうか?」
「私が申し入れよう。詳しい情報を持って帰ってきたことは、裁定にも良い影響があるであろうし、良くすれば不問にされる可能性も高いと思う。よもやジャン国王も戦前に戦力を削ぐようなことはなさるまい」
「ありがとうございます、義父上」
「いや。……この度の戦、王国の命運を分ける戦になるはずだ」
これまで以上に顔を引き締めたブロワ伯。
「はい」
「ジャン国王にそなたも戦陣に加わる許可を願い出るつもりでいる。万全の準備をいたして、帝国に思い知らせてやろうぞ」
「よろしいのですか?」
「セイルーズを奪われたこと、取り戻すチャンスだ」
「できましょうか、私に」
なるべくユーグが答えそうなことを想像する。
「初陣でもある。戦争の雰囲気を感じるだけでよかろう。戦に加わっていたということが大切だ」
「はい」
「今、手元にベルナールという者が率いる傭兵隊百がいる。それを任せよう」
「かしこまりました」
「ならば、後程傭兵隊には話を通しておく」
「ありがとうございます。後ほどで構いません。一度その傭兵と会わせていただいてもよろしいでしょうか?」
「む。後ほど手はずを整えよう」
ブロワ伯はうなずきながら、少し表情を崩した。
「……なんであろうな」
「どうされました?」
「いや、フフフ。若かりしニコラ殿と話をしているような気になってしまった」
「まさか」
ドキリとしながらブロワ伯の表情をうかがう。
「いや、懐かしいものだ。ニコラ殿とも、戦いの前はこうして語り合った」
「そう父からも聞いております」
「そうか。先の大戦では最終的には我らが勝った。今回もそう行きたいものよ」
「はい」
「では、王が到着されたら、また声をかける。今は一時なりとも休まれよ」
「よろしくお願いいたします」
ニコラはかつての戦友に頭を下げ、部屋を出ていくのを見送った。
「……まずは、というところですね」
少し間をおいて、レティシアが隣に立つ。
ブロワ伯にはニコラであることを疑われた様子はない。
「そう、だな。ただ、この状態で王とも謁見しなければならないとなると、思いやられる」
「でも、王もユーグ様のことに詳しいわけではないのでしょう?」
「もちろんその通りだが、ユーグの知らないはずのことを口にしたり、な。そんなことのないようにしなければと思うと……」
「フフ。それは、緊張ですね」
「それを思うと、戦争など軽いものだ」
なるべく明るく言う。
「任されるのが傭兵隊とか父は言っていましたね」
「ちょうどよいと思う。戦場の花、騎馬突撃は正規軍が譲らないだろう。遊撃隊といったところか。ある程度の自由がある」
「傭兵というと、荒っぽいイメージですが」
「まさしく荒っぽい。が、扱い様もあるだろう」
「フフ」
レティシアが笑う。
「どうした?」
「歴戦の、という顔をしておられます」
「そうか?よくはわからないが」
「ユーグ様には見なかった表情です」
その名が出たことで、戦争へ向けた興奮が一瞬冷やされた。
明日、目を覚ましたらユーグに戻っているかもしれない。
……ただ。
ユーグでは、レティシアを守れまい。
これは仕方のないことだ。
積み重ねがないのだから。
自分なら……守れるかもしれない。
であるのなら、せめてこの戦争との決着がつくまでは、このままでいたい。
この身体になって初めて意識される生への執着。
家族と呼べる存在は、今はレティシアのみ。
せめてその家族が帝国の脅威の外に置かれたのを確認してから、消えたい。
「……どうかなされましたか?」
「いや、なんでもない」
首を振り、レティシアを見た。
自分の思い。
ただ、レティシアのその瞳の色からは、自分をどう見ているのかうかがい知ることはできなかった。




