96 セカンドオピニオン
ユーニスからの報告を受けた翌日、私は早速アイザックとベアトリスに相談した。
「腕の良いお医者様をご存知でしたら、ご紹介頂けませんか?」
「えっ、何? もしかしてオフィーリア、体調が悪いの?」
「いえいえ。私では無いのですが……」
説明不足でベアトリスに心配をさせてしまい、慌てて否定する。
「なんだ、良かった。
じゃあ、どうして医者を探しているんだ?」
アイザックがホッと安堵の息を吐きつつ、疑問を投げかける。
「実は、ちょっと縁を繋いでおきたい方がいまして……。
その方のお子様が体調不良で伏せっているって話を聞いて、良いお医者様をご紹介出来ればと思ったのです」
「誰?」
「メルボーン子爵夫人です」
彼女の名前を出しただけで、アイザックは納得した様に頷いた。
「ああ、そういう事か。
彼女を『光の乙女』から引き離したいんだな」
「お見通しですね」
「あの女から腹の立つ内容の手紙を受け取ったって聞いたから、抗戦するつもりなのかと」
「なんだか最近、私の情報がアイザック様に筒抜け過ぎじゃないですか?
またジョエルが話したんですね」
「ジョエルからも聞いたが、リーザからも。
あぁ、彼女を責めないでやってくれよ。オフィーリアを心配しているんだ」
私の動向を公爵家に報告する侍女は、ユーニスじゃなくてリーザの方だったか……。
気持ちは分かるし、怒るつもりは更々無いけどさぁ。
「最近特に過保護が加速してませんか?
まあ、でもアイザック様の推察通りです。
なので、どなたか名医をご存知でしたらご紹介いただけませんか?」
改めてそう聞くと、ベアトリスが不思議そうに首を傾げた。
「光の乙女の始末なんてアイザックに任せておけば良いんじゃない?」
「まあ、その方が早いけど、オフィーリアのやりたい様にやった方がスッキリするだろう」
ウンウンと私は頷いた。
そうなのよ。
ジョエルやベアトリスが言う通り、アイザックに頼むのが一番早いのは分かってる。
だから、これは私の我儘なのかもしれないけど……。
自分が売られた喧嘩は自分で買いたいんだよね。
それも一思いに潰すんじゃなくジワジワと追い詰めて、しっかりと自分のした事を後悔させたい。
……やっぱり性格悪いかな?
それにね、自分の婚約者にはヒロインと直接関わるのは出来るだけ避けて欲しいなぁ……なんて、ちょっとだけ思ったりもしている。
アイザックが心変わりするとは思わないけど、私って意外と独占欲が強かったのかもね。
「まあ、それが成功しなかった場合には、僕が代わりに潰せば良いだけだし」
あ、最終的に潰すのは決定なのね。
「それもそうね」と呟いたベアトリスは、顎に手を添えて少し考える様な仕草をした。
「うーん、ウチの主治医を紹介しても良いけど、今お祖母様の体調が悪いからタイミングによっては難しいかも。
それに、アイザックの家が抱えている医者の方が腕が良いんじゃない?」
「こっちも、ダドリー医師は今別件で手が離せないんだよな」
二人の返事を聞いて、私は少し項垂れた。
「やっぱり、なかなか思い通りには行きませんね」
「ダドリー医師の弟子なら紹介出来るよ」
カイルという名のその医師は、没落した貴族家の出身だから今は平民。
少々変わり者だけど腕は良いという。
平民の医師なんて嫌だとメルボーン夫人は言うかもしれないけど、まあ、そうなったらなった時に考えよう。
「先生のお弟子さんなら安心ですね。
その方をご紹介してくださいますか?」
アイザックは私のお願いを二つ返事で了承してくれた。
さて、医者の目星は付いたものの……。
自然な形でメルボーン子爵夫人に接触するには、どうしたら良いのだろう?
そう考えあぐねていた所で、おあつらえ向けの場面に遭遇した。
それは本当に、私に取ってはラッキーな偶然だった。
図書室で勉強に必要な資料を借りて教室に戻ろうとしていた所で、屋上へ向かう階段の踊り場の方から、二人の女性が言い争う様な声が聞こえたのだ。
「───お願いよ。本当に苦しそうなの」
「ですが、お医者様はただの風邪だと仰ったのですよね?
でしたら、お薬を飲んで安静にしておけば……」
必死に縋っているのは、大人の女性の声。
それを宥めている困った様な声はプリシラだった。
この会話の内容、もしかしたら……。
「その薬が効かないから頼んでいるんじゃないの!
息子は食事も満足に食べられなくて、どんどん衰弱しているのよ」
ああ、やっぱり。
会話の相手はおそらくメルボーン子爵夫人だ。
「助けて差し上げたいのは山々ですが、本当に無理なのです。
最近はあまり体調が良くないせいか、魔力が切れるのも早くて……。
順番待ちをなさっている方もまだまだ沢山いらっしゃいますし、先生だけを特別扱いする訳にはいかないのですよ」
やっぱり光魔法の調子が悪いって噂、本当だったのね。
私が彼女の活躍の機会を奪っているせいなのか、それとも他に何か原因があるのかしら?
「そこをなんとかっ……!」
「本当に、ごめんなさいっ」
無理矢理会話を終わらせたプリシラは、尚も縋ろうとするメルボーン夫人を振り切って階段を降りて来た。
私はサッと柱の影に身を隠す。
彼女の足音が遠ざかって行くのを確認してから、そろりと階段を登ると、メルボーン夫人が顔を覆って踊り場に蹲っていた。
「あの……、メルボーン先生、大丈夫ですか?」
ビクッと肩を震わせたメルボーン夫人は慌てて立ち上がり、目元を拭ってからこちらを振り向いた。
「大丈夫ですわ。
……変な所を見られてしまいましたね」
「済みません。下の廊下を通りかかったら、少し会話が聞こえてしまいました。
あの、差し出がましいかもしれませんが、ご子息は別のお医者様にも診て頂いた方が良いのではないですか?」
「別のお医者様に……?」
この国には、まだセカンドオピニオンという考え方が無い。
それに腕の良い医者は高位貴族や王宮に囲われている場合が多いので、伝手が無いとなかなか名医に診察してもらう事が出来ないのが現状なのだ。
「もしよろしければ、良いお医者様をご紹介しますよ?」
メルボーン子爵夫人は俯けていた顔を上げ、まだ少し潤んでいる大きな瞳を瞬かせた。




