95 仲間割れ?
最近色々あって精神的に疲れているので、今日はいつもよりもゆっくりとお風呂に入る事にした。
猫足のバスタブに身を沈めると、お気に入りのラベンダーの香りがする。
きょうのお風呂の担当はユーニスだけど、既に私の好みをしっかり把握してくれているらしい。
「ふあぁぁぁ、気持ち良い。
温度も丁度良いし、すっごく良い香りぃ」
マッサージに使うクリームの準備をしていたユーニスが、ふと手を止める。
「香りと言えば、頼まれていたお香の調査の件なのですが……」
「何か分かった?」
「済みません。どうやら、私の故郷で使われている物ではないみたいです。
スパイスの香りの物は複数ありましたが、いずれもシナモンには似ていませんでした」
「あら、じゃあ空振りだったのね」
「いえ、その街で使用されている物ではなかったのですが、シナモンのお香を知っていると言う人物は見つかりました。
その方の話によれば、なんでも異国へ旅をした時に嗅いだのだとか。
詳しく調べて見ますので、もう少々お時間いただけますか?」
「ええ、勿論よ。
それより、ユーニスの故郷って確か、王都から少し離れているんじゃなかった?」
侍女の仕事もしながら、どうやって調べているのだろう?
お香の効能だけなら、本とかを使って調べるのだろうと思っていたのだけど、証言者を見付けて来たって事は聞き込みもしてるっぽいよね?
ユーニスは仕事熱心なので、無理をしているんじゃないかと思うと、少々心配になる。
「今回は通信魔道具を使用して、街に残っている親類にも協力を仰ぎました」
「そう。なら良いけど。
前にも言ったけど、ちゃんと休みも取りながら仕事をしてね」
「大丈夫ですよ。
ちょっとでも無理をしようとすると、リーザさんに叱られて強制的に休まされますので」
「フフッ。それなら安心だわ。リーザ、怒ると怖いでしょ?」
「ええ。それにとっても優秀で、学ぶ部分が沢山あります」
「それは良かったわ」
長年仕えてくれているリーザを褒められると、自分のこと以上に嬉しくなる。
最初があんなだったから少し心配だったけど、専属侍女同士が上手くやってくれているみたいで良かった。
「そんな感じでお香の方はまだ調査中なのですが、もう一方はちょっと進展がありましたよ。
どうやら調査対象とウェブスター嬢との関係が少し拗れ始めている様です」
思わず勢いよく振り向くと、お湯がバシャッと跳ねた。
セリーナ・メルボーンとプリシラが仲違いしているのなら、私にとっては好機だ。
「何があったの?」
「メルボーン夫人のご子息に、二週間ほど前から弱い風邪のような症状が出ていたのです。
治療院でも風邪だと診断されたのですが、処方された薬を飲んでもなかなか治らず、最近になって咳の症状が酷くなって来たみたいで」
軽い風邪症状から酷い咳に移行したなら、前世で言う所の『百日咳』みたいな物かしら?
確か子供が罹りやすい病気だったよね。
「ウェブスター嬢に治癒を頼まなかったの?」
「それが、断られたみたいなんです。
最近は第二王子殿下が仲介した治癒依頼を優先的に行なっているみたいで……」
ユーニスの言葉に思わず顔を顰めた。
クリスティアンが仲介?
短絡的な彼の性格を考えると、ただ周りに頼られて良い顔をしたいだけって可能性もあるけど……。
ゲーム後半の展開からすれば、この時点で既に玉座を狙う意志があって、その地盤固めとして恩を売っていると考えるのが妥当かも。
「そう言えば、市井で治癒魔法を使ったボランティアも、最近はしていないみたいよね」
「ええ。
それに、一日に治癒を施す回数が少し減っているという噂もあります。
メルボーン夫人には、『最近は依頼が多いから予約している人を順番に治癒している。今から予約しても治癒出来るのはかなり先になる』と言い訳しているみたいですが……」
「当然、納得出来ないでしょうね」
メルボーン夫人はずっとプリシラを擁護し、悪評から守って来たのに、その事実は一切考慮されなかったのだ。
しかも病を発症しているのは、彼女と最愛の夫の間に生まれた大切な息子である。
だが、実際には自己都合で優先順位を付けているとしても、『順番だから』と言われてしまえば確かめる術はなく、引き下がらざるをえない。
表向きは抗議出来ないが、その心中は穏やかじゃないに決まってる。
「喧嘩をしたとか、決裂したとかではないですが、かなりギクシャクしている様ですね」
「そう、報告ありがとう。
そっちの調査は一旦ストップして良いわ」
「かしこまりました」
治癒魔法は使えなくても、子息の病を治せればメルボーン子爵夫人とプリシラを引き離せそうだ。
感染症ならダドリー先生を紹介するのが一番だけど、先生は今ちょっと別件で忙しいかもね。
そういった病の治療薬を用意出来ないか、マーク兄様に聞いてみる?
いや、病名が分かっていない段階で薬を渡したりしたら危険だよね。やっぱり医師の診断は必要。
ダドリー先生が無理なら、他の医師を探して……。
あんまり頼り切るのは良くないけど、アイザックとベアトリスに相談してみよう。
勿論、メルボーン夫人に恩を売りたいのもあるけど、子供が病気だって聞いたらそっちの方が気になる。
メルボーン夫人の子が何歳なのかはまだ聞いてないけど、百日咳に似た病気だとしたら乳幼児の死亡率が高かった筈だし、のんびりしている場合じゃないかも。
「…………オフィーリア様ってば!」
思考の海にどっぷりと浸かっていた私は、少し強めの呼びかけにハッと我に返った。
「ごめん。ユーニス、聞いてなかったわ」
「そろそろ出ないと風邪を引きますよと申し上げたのです」
「ああ、そうね。ありがとう」
確かに、少しお湯が冷め始めている。
思いの外長い間考え込んでしまったらしい。
私は慌てて湯から上がった。
「リーザさんの言っていた通りですね」
私の髪をタオルで拭きながらクスッと笑うユーニス。
「何が?」
「『お嬢様はご自分の考えに集中すると、こちらの声が全く聞こえなくなる事があります』と仰っていました」
「…………以後気を付けます」
全くもってその通りなので、返す言葉も見つかりません。




