92 悪夢の考察《ジョエル》
ジョエルのお強請りに快く応じたオフィーリアが応接室を出て行った後。
ウサギの林檎を口実に時間を稼いだジョエルは、アイザックと二人きりになると徐に口を開いた。
「……さっきの話、どう思いました?」
「まだ僕達には言えないでいる事があるかもしれないが、概ね真実を話してくれたと思う」
アイザックは私見を述べると、カップに少し残っていた冷めたお茶をグイッと飲み干した。
「僕もそう思います。
どこを誤魔化しているのかまでは分かりませんでしたが……」
「ああ、僕もだ。
だが、敢えて追及する必要はない様に思う。
オフィーリアがこの状況で必要な情報を隠すとは思えないからね」
「そうですね」
ジョエルは複雑な表情で頷きを返す。
アイザックが無条件にオフィーリアを信頼している事が嬉しくもあり、ほんの少しだけ悔しくもあった。
「多分、国の危機に関わる様な予知に関しては、ほぼ姉上の言った通りだと思います。
ただ……、もしも、姉上が頻繁に見ていたあの悪夢が、予知夢だとしたら……」
ジョエルはオフィーリアが『予知夢を見ている』と言い出した瞬間から、ずっとその可能性について考えていた。
「それは、僕も考えたが……」
「目の前で戦争や疫病などによって多くの人が苦しんで死ぬ夢を見ているのなら、確かに悪夢と言えるかもしれません。
ですが、僕が危惧していのは、あの悪夢が姉上自身に関する予知夢である可能性です」
「オフィーリア自身に関する?」
「ええ。
姉上は『この国の未来に起きる大きな災いなどが見える事もある』と言いました。
という事は、それ以外の予知夢も見ている事になります」
ジョエルの言葉にアイザックは頷きを返し、無言で先を促す。
「考え様によっては、『取るに足らない予知夢も見る』という意味にも聞こえますが、『国にとっての災いではなく、個人的な災いの予知夢も見ている』という意味にも取れませんか?」
魔獣に襲われて顔に傷を負っても、一方的に婚約が解消されても、常に気丈に振る舞っていた姉が震えながら泣き叫ぶほどの悪夢。
もしもそれが、オフィーリア自身に降り掛かる不幸の予知夢だとしたら───。
「ジョエルは、悪夢の内容が分かるのか?」
神妙な顔で尋ねるアイザックにジョエルは首を横に振った。
「いえ。
以前も言いましたが、姉上は悪夢について具体的な話は一切してくれませんから」
「ああ、そうだったな」
「でも、魘されている時の寝言なら、何度か聞いた事があります」
「寝言?」
「夜中に泣きながら叫ぶのです。
『嫌』『どうして』『熱い』『苦しい』『助けて』」
「……っ!」
ジョエルが言葉を重ねる度に、アイザックの顔が、苦痛を堪える様に歪む。
「それに加えて、姉上は子供の頃から大きな炎を怖がり近寄ろうとしません」
「…熱い、苦しい……か。
火災に巻き込まれるのだろうか?」
「かもしれませんが、姉上がなぜそれを隠しているのかは不明ですね。
生きながら炎に焼かれる夢だとしたら、姉上が泣き叫ぶのも頷けますけど、それが予知夢なのかどうかは今の所ハッキリしません。
姉上に直接聞いてたとしても、おそらくは否定されるだけでしょうし。
僕の考え過ぎならば良いのですが……」
「単なる事故なのか、何者かに攻撃されるのか……。
いずれにせよ、今迄以上に警戒を強めた方が良さそうだな」
アイザックと二人きりの内に伝えておきたかった話が概ね済んだ頃、タイミング良く応接室の扉がノックされた。
「お待たせ。
林檎を剥くのなんて久し振りだったから、ちょっと時間がかかっちゃった」
「ありがとう、姉上」
ティーワゴンを押すリーザと共に戻って来た姉を、満面の笑みで迎える。
「これがさっき言ってたウサギの林檎かっ!?
こんな芸術的な剥き方は初めて見たぞ。コレをオフィーリアが?」
先程までの深刻な表情を器用に消し去ったアイザックは、感心した様子でウサギの林檎を色んな角度から鑑賞している。
「はい。
でも、そんなに難しくないですよ?」
過度な賛辞にオフィーリアは少し照れながら微笑む。
「よし、コレは大事に持って帰ろう。
王宮魔術師に依頼して保存魔法を掛け、我が家の家宝として代々受け継ごう」
「持ち出し禁止です。
この場で食べて下さい」
ウンウンと一人で納得しているアイザックの計画を、オフィーリアはすげなく却下した。
(数少ない魔術師の貴重な魔力を何に使おうとしているんだ?)
「……勿体無くて食べれない」
「食べないなら、アイザック様にはもう二度と剥いてあげませんからね」
冷たく言い放つオフィーリアだが、よく見ると耳がほんのり赤く染まっている。
(はぁ、仲がよろしい事で……)
バカップルみたいな会話を繰り広げる二人をジョエルは複雑な気持ちで眺めながら、林檎をひと口齧った。




