91 玉座に相応しい者
三人の間に流れる微妙な空気を振り払う様に、アイザックは小さく咳払いをしてから再び口を開いた。
「ところで、まだサディアス殿下に伝えていない予知夢はあるのかな?」
真剣な表情に戻ったアイザックに、私も改めて背筋を伸ばす。
「次の手紙には、街道沿いの崖崩れについて書くつもりでした」
「場所と時期は分かる?」
「ミラリア王国側の国境から、王都方面へ馬車を二日程走らせた辺りという事しか……。
時期についても、来年の年末近く、大雨が降った後としか分かりません」
曖昧な情報しか分からない申し訳なさから瞳を伏せた私の頭に、アイザックは大きな手をポンと乗せた。
「うん、それだけでもかなり絞られるから大丈夫だろう。
調査して補強工事の手配をしておく」
「もう予言の手紙は出さなくて良いのですか?
どうやって崖が脆くなっている事に気付いたのかと追及されたらどうするのです?」
そう言った私を止めたのはジョエルだった。
「ここからはアイザック様にお任せした方が良いですよ。
姉上が予言者だと知られては危険です」
ジョエルが示した懸念に、アイザックも深く頷く。
「適当な言い訳を考えるから、僕の事は心配しなくて良い。
六つ目の予言にしてしまえばサディアス殿下も動いてくれるだろうけど、殿下がこれ以上予言者に興味を持つのは避けたい。
まあ、バレてしまっても僕が守るけど」
私はホッと安堵の息を吐いた。
アイザックの言葉はまるで安定剤でも含まれているかの様に、不思議と私の心を和らげてくれる。
「ありがとうございます」
「他にも何かある?」
後は恋愛絡みのイベントばかりなので、一般市民の命が危険に晒される事件や災害は、私が知っている限りはそれだけだった。
だが、もう一つ。
一番重要な事柄について、ここでアイザックに話してしまうべきなのか、私は決心が付かずにいた。
「もう一つだけ、聞いていただきたい事があるのですが……。
それをお話しする前に、一つだけ質問しても良いでしょうか?」
「何かな?」
私はコクリと喉を鳴らしてから、徐に口を開いた。
「アイザック様から見て、サディアス殿下は清廉潔白な方ですか?」
質問の意図を汲み取りきれずに、一瞬瞳を瞬かせたアイザックだったが、直ぐに思案顔になった。
「清廉潔白……、では無いな。寧ろ清濁併せ呑むというか……。
目的の為には手段を選ばないお方だ」
少なくとも優しいだけの王子様じゃないみたい。だけど、王になるなら冷酷さだって必要だよね。
「例え話ですが、もしも殿下が罪を犯すとしたら、どの様な場合だと思いますか?」
「…………その罪という奴の大きさや種類にもよるが……、妃殿下か姫殿下のお命が危機に晒されている時。
それか、国自体に大きな危機が迫っている時かな」
アイザックの答えを聞いて決意を固めた私は、高まっていた緊張を緩める様に胸元に手を当てて大きく息を吐き出し、再び話し始めた。
「私の夢の中では、小麦不足による暴動が収まった少し後、サディアス殿下は犯罪組織との癒着が発覚して投獄されます。
そして第二王子が立太子し、ベアトリスとの婚約が破棄され、新しい婚約者には聖女になったウェブスター嬢が選ばれる」
「「…………はぁっっ!?!?」」
私の告白に二人は瞠目し、驚きの声を上げた。
「この話をサディアス殿下本人に警告するかどうか、ずっと決心がつかなかったのです。
私は殿下がどんな人物なのかを知る立場にはありませんし、もしも私欲の為に犯罪者と手を組む様なお方なのであれば、助ける訳には行かないですから」
頷きを返すアイザックの顔には、まだ戸惑いが色濃く浮かんでいる。
「……それは、そうだよな。
でも、腹黒くて厄介な人ではあるが、そういう心配は無いと思う。
もしも本当に犯罪組織と関わったなら、何か深い事情があるとしか……。
若しくは誰かに嵌められるのだろうな」
眉間に深い皺を寄せて、ブツブツと呟くアイザック。
証拠も何も無い未来の話を当たり前に信じてくれるのが、とても嬉しいし心強い。
「アイザック様から見た印象を聞いて、私もそう思いました。
例によって具体的な内容はあまり分からないのですが、国庫のお金が犯罪組織に流れます。
禁止されている奴隷の売買に関わる組織らしいです。
多分、別の誰かが行った罪をなすり付けられるとか、犯罪者から情報を買わざるを得ない状況に陥るとか……」
「うん。
財務に関わる者を中心に、王宮内で働く人間を調査し直してみる」
「念の為、妃殿下と姫殿下の警護も強化した方が良いのではないですか?」
ジョエルが発言すると、アイザックもその意見に同意を示す。
「ああ。そうしよう。
それで、もう他には無いかな?」
「…………ええ、私が知っている事は以上です」
そう答えた私は、冷め切った紅茶に口をつけ、カラカラに乾いた喉を潤した。
自分の処刑について話すかどうかは少し迷ったが、二人が苦悩する顔が脳裏に浮かんだら、どうしても言葉には出来なかった。
いずれにしても、クリスティアンが王太子位に着かなければ私の断罪の可能性はほぼ消えるのだから、敢えて話す必要もないかも。
「良かった。
思った以上に重い情報だったから、正直言うと、もうお腹いっぱいだよ」
アイザックがフッと小さく笑ったのを切っ掛けに、重苦しかった場の空気が少しだけ和らいだ。
「また何か夢を見たら教えて」
「もし見たら勿論直ぐにお知らせしますが…………多分、もう見ないのでは無いかと思っています。
実は、ここ数年は何も見ていないのです。
サディアス殿下に送った手紙も、昔の日記に記録してあった内容を抜粋して書いた物なので」
「そうなのか。いや、見なくなったなら良かった」
アイザックの言葉にジョエルもブンブンと首を縦に振る。
「姉上が怖い夢を見ずに、面倒事にも巻き込まれないで済むなら、その方が良いです。
…………ところで、緊張が解れたら、ちょっと小腹が空きました」
呑気な弟の台詞に、私は小さく笑みを零した。
「フフッ、そうね。
ちょっと喉も乾いたし、リーザ達を呼んで何か用意してもらいましょう」
「あ。僕、姉上が剥いたウサギの林檎が食べたいです」
「ええ良いわよ。少し待っててね」
そう言い残して応接室を後にする。
(……上手く嘘をつけたかな?)
上手に嘘をつくには、本当の話の中に紛れ込ませると良いって聞いた事がある。
私の話は9割方本当だが、それでも上手く誤魔化せたかどうか自信は無い。
アイザックもジョエルも結構鋭いから。
(でも……、きっと二人は私の嘘に気付いたとしても、それが本当に私が隠したい事であれば、無理やり暴こうとはしないんじゃないかな?)
何の根拠もないが、私はそんな風に思った。




