61 再びの接触
王宮へ向かうアイザックと別れた私達は、食堂へと移動した。
職員のおばちゃんにお勧めされたサーモンのムニエルをトレーに乗せて、生徒達で賑わう食堂内をグルリと見回す。
「窓際にしましょうか」
「そうですね」
人気があって、いつも直ぐに埋まってしまう窓際の明るい席が、今日は運良く空いている。
その席を陣取って食事を始めると、隣の席の椅子を引く音がした。
何気なくそちらへと視線を移す。
「……ゲッ」
思わず品のない呟きが漏れてしまった。
「やあ、奇遇だね。フィーも昼食かい?」
隣席から私に問いかけたのは、クレイグである。
奇遇も何も、昼休みの時間帯に食堂で昼食を食べるなんて事は、大半の生徒が行っている、ごく当たり前の行動である。
それにしても、他にも空いてる席が沢山あるのに、何故わざわざ私の隣に座るの?
嫌われてるのが分からないのだろうか?
それとも生ごみを見る様な目で見られる事で快感を得るドMなのか?
そーゆー特殊なプレイは、是非とも私と関係のない所で楽しんで頂きたい。
「態々質問なさらずとも、食事中なのは見ればわかりますよね?
それから、愛称で呼ばないでくださいと先日お願いしたばかりですのに、もうお忘れになったのですか?
だとしたら、記憶力の欠如が心配ですわ」
冷ややかな眼差しを投げながら嫌味ったらしくそう言うと、困った様な笑みを返された。
今日もまた、我儘を言う子供を宥めるみたいな目で私を見る。
クレイグのその態度には苛立ちを覚えるけれど、過剰に反応したら負けだ。
「心配してくれるのかい?
やっぱり君は優しいな。惚れ直したよ」
渾身の嫌味にもめげないクレイグ。腹が立つやら気持ち悪いやら。
ベアトリスも流石に黙っていられなくなったらしく、クレイグを睥睨しながら口を開いた。
「ボルトン子爵令息。
元婚約者に付き纏うなんて、みっともなくてよ?
これ以上、私とオフィーリアの大切な時間を邪魔しなでくださらない?」
「これは失礼致しました。でも、もう少しだけ。
フィー、今日家に帰ったら素敵な事が待っているから、寄り道はしない方が良いよ」
ベアトリスの苦言も笑顔で躱し、クレイグは機嫌良さそうに意味の分からない事を言い出した。
ってゆーか、素敵な事って何よ?
嫌な予感しかしないんだけど。
「もう黙って頂けません?
折角の食事が不味くなるわ」
「はいはい。我儘なお姫様だな。
まあ、そんな所も可愛いんだけどね」
ゾワッと背筋が粟立った。
嫌いな奴からの甘い台詞って、こんなにも気持ちが悪い物なのね。
さっきから、美味しいはずのサーモンムニエルの味が全く感じられない。
窓際の席もゲットして、とても良い気分だったのに台無しだわ。
目の前に座っているベアトリスも、苦虫を噛み潰したような顔で、黙々と食事を続けている。
その後はクレイグが話し掛けて来る事もなかったが、私達は無言のまま、令嬢とは思えないスピードで食事を終えた。
後で胃が痛くなるかも。
食べ終わった食器をサッサと片付けて、食堂を後にする。
クレイグが「またね」と手を振っていたが、当然無視だ。
「何なの、アレは?
無駄にメンタルが強過ぎて、気持ち悪いんだけど」
食堂を出た途端、ベアトリスが溜息と共に呟いた。
「巻き込んでしまってごめんなさい。
カフェテリアに移動して、口直しにお茶でも飲みませんか?」
「そうね。食べた気がしなかったから、何か甘い物も頂きましょう」
お昼休みの残り時間を、お茶を飲みながらたわいない話をして過ごし、無理矢理気分を浮上させた。
そして午後の授業を終え、下校時間となったのだが───。
「帰りたくねぇぇぇ……」
帰路を進む馬車の中で、私は頭を抱えて、盛大な溜息を吐き出していた。
アイツ絶対ろくでもない事を考えてるよねぇ?
面倒臭い事が起きる気がして仕方がない。
嫌だ嫌だと思っていても、我が家の優秀な馭者が操縦する馬車はスムーズに家路を辿り、あっという間に自邸の敷地内へと到着してしまった。
重い足を引き摺る様にして玄関をくぐると、難しい顔をした執事が待ち構えていた。
嫌な予感、的中?
「お帰りなさいませ、お嬢様。
お疲れの所を申し訳ありませんが、旦那様がお呼びですので、談話室へお越しくださいませ」
「分かったわ。着替えてからでも良いかしら?」
「かしこまりました。その様にお伝えしておきます」
私室へ戻った私は、リーザの手を借りながら、制服から普段着のドレスへと着替える。
せめてもの抵抗で牛歩の様にノロノロと廊下を進み、談話室に辿り着くと、既に私以外の家族全員が揃っていた。
心なしか室内には重苦しい空気が漂っている。
「只今帰りました。
お待たせしてしまい、申し訳ありません」
「お帰り、オフィーリア。
取り敢えず、座りなさい」
「……はい」
言われた通りにソファーに座して、紅茶を一口頂いた。
深刻な顔をしたお父様は、なかなか口を開こうとしない。
そんなに言い難い話なのか?
嫌な予感がどんどん強くなって行く。
暫くして、意を決したように顔を上げたお父様は、徐に話し始めた。
「実は……、ボルトン子爵家からオフィーリアに再婚約の打診が届いたのだが……」
「………………はぁっ!?!?」
私は思わず、素っ頓狂な声を上げた。




