60 袂を分かつ
午前の授業を終えて、昼食をとりに食堂へ行こうと席を立つ。
ベアトリスとアイザックを誘おうとしたのだが、アイザックは何故か荷物を鞄に詰め込んで、帰り支度を始めていた。
「あら?
アイザック様、今日は何かお家のご用事でもあるのですか?」
「あー……、家の用事ではないのだが……」
アイザックはキョロキョロと視線だけで周囲の様子を探り、近くに人がいない事を確認すると、私達を手招きする。
「何です?」
私とベアトリスが身を寄せると、声を潜めて話し始めた。
「まだ正式に発表はされていないんだが……。
実は、サディアス殿下の側近に就くことになったんだよ。
その仕事の関係で急遽王宮へ行かなければならなくなったから、今日は早退する」
「へえ。ポンコツ王子じゃなくて、王太子殿下に付く事にしたのね」
ベアトリスがニッコリと綺麗な笑みを浮かべる。
「ああ。
クリスティアンの方を降りた当初から打診は受けていたのだが、僕はまだ学生だし、面倒だから返事を保留にしていたんだ。
だが、どうやらクリスティアンが僕を側近候補に戻そうとして、色々と妙な動きをしているみたいだから。
その上、国王陛下もヘーゼルダインと王家の繋がりが薄くなる事を懸念して、僕かフレデリカに王妃殿下や王太子妃殿下の実家との縁談を押し付けようと企んでるみたいでさぁ。
王太子妃殿下の兄君の娘なんて、まだ四歳だぞ。冗談じゃない。
それならいっそ、サディアス殿下の側近に入った方がマシだと思ってね」
「では、完全にクリスティアン殿下の派閥からは抜けるって事ですね」
なんだかアイザックにとっては色々と大変そうな状況だが、クリスティアン殿下の側近候補に戻る可能性がゼロになるなら、私にとっては良いニュースだ。
でも、王太子殿下の側近か……。
アイザックが益々遠い人になっちゃう気がして、少しだけ淋しい。
こんな風に気楽に会話が出来るのも、あと僅かな期間だけなんだろうな。
「と言うか、元々はクリスティアン殿下の派閥と言うのは存在しないんだよ。
僕達は、王太子殿下の治世を支える第二王子のサポートをする為の側近候補だったから、そもそもクリスティアンを推してる訳ではなかった。
今の側近候補やその親達がどう考えているのかは知らないけど、クリスティアンでは国を統べる能力は無いからね」
言われてみればその通りだわ。
能力のないクリスティアン殿下を推す者がいるとしたら、彼を傀儡の王にして自身が実権を握りたいという野望を抱く人物だろう。
だが、ヘーゼルダイン公爵はそんな汚い手段を使わずとも、既に王家に次ぐ強大な権力と金を手にしている。
態々国政を不安定にする様な行動を取る必要なんてないのだ。
「私が婚約者になったのも、アイザックの所と同じ様な理由よ。
王太子と第二王子の能力の差がハッキリしているのは、余計な継承争いを産まないっていうメリットもあるのだけど、もしも万が一の事があった時に困るしね」
「それもそうですね」
サディアス殿下の身に何かが起きて、王太子位が移った場合、ポンコツ第二王子の妃までポンコツだったら、あっと言う間に国が傾いてしまう。
(例えばプリシラみたいな、偏った思想の人が第二王子妃だったら……)
想像したら、ゾッとした。
やっぱり、ゲームのエンディングの後、この国崩壊したんじゃない?
「まあ、そんな訳だから、これからは度々学園を休んだり早退したりする事になりそうだ」
「やっぱり、王太子殿下の側近ともなると、お仕事大変なのでしょうね。
お体にはくれぐれも気を付けてください」
疲れた顔でこめかみを押さえるアイザックへ労いの言葉を送ると、柔らかな微笑みが返される。
「ありがとう。
覚悟はしていたんだけど、サディアス殿下は思った以上に人使いが荒くて、正直ちょっとだけ打診を受けた事を後悔してるよ。
一応、学生の内は手加減をしてくれているらしいが、それでコレなら卒業後が思いやられる。
過労死する未来しか見えない」
「それだけ期待されてるって事なんだから、頑張りなさいな」
弱音を吐いたアイザックに、ベアトリスが発破をかける。
「他人事みたいに言うなよ」
「だって他人だもの。
まあ、憎らしいくらい何でも完璧に熟すアイザックなら、なんとかなるでしょ。
恋愛だけはダメダメだけど」
「え? 意外。
アイザック様って、恋愛方面は苦手なんですか?
国宝級の美丈夫なのに、なんか勿体無いですねぇ」
ベアトリスの言葉に素直な感想を述べたら、アイザックに苦い物でも飲み込んだみたいな顔をされた。
何故かベアトリスも、残念な子を見る様な目でこちらを見ている。
「ん? もしかして私、何か変な事言いました?」
「無邪気も過ぎると罪深いよな」
「オフィーリアが鈍いのは、今に始まった事じゃないでしょう?」
よく分からないけど、なんだか馬鹿にされてる気がする。何故?
「さて、気は進まないけど、そろそろ行かなくちゃ」
そう言ったアイザックは、溜息と共に重い腰を上げた。
「お気を付けて、いってらっしゃいませ」
「あぁ、その台詞良いね。オフィーリア。
新婚さんみたいでやる気が出たよ。ありがとう」
アイザックは嬉しそうに微笑む。
新婚さんってなんだ? 三枝か?
「骨は拾ってあげるわ」
「変なフラグ立てるのヤメロ」
縁起でもない事を言い出したベアトリスに、アイザックは先程までの嬉しそうな表情をスンッと消して文句をつけた。




