59 相性が悪い二人
私がそんな事を考えている間にも、二人の会話は続いていた。
「何故そんなに彼女を嫌う?
まさか……、君がプリシラ嬢を虐めているって噂、本当じゃないよな?」
「は?
貴方、自分が何を言ってるか、ちゃんと分かっているのでしょうね?」
一触即発のピリッとした空気が扉越しでもハッキリと感じられて、私は居ても立っても居られずに、その扉をノックしてしまった。
二人の声がピタリと止む。
「誰だ?」
カツカツと靴音を響かせ、内側からやや乱暴に扉を開いたのは、見るからに不機嫌そうな顔のニコラスだ。
「なんだ、ベアトリスの友達か」
さっきまでベアトリスに掛けていた言葉は決して容認できないけれど、私を『ベアトリスの取り巻き』ではなく『友達』と表現するあたりは少しだけ好感が持てる。
「ご挨拶申し上げるのは初めてでしたね。
オフィーリア・エヴァレットと申します」
学園内なので簡易の礼で挨拶すると、私の頬に貼られたガーゼに視線を向け、ニコラスは渋面を作った。
その表情が表すのが憐れみなのか嫌悪なのかは不明だが、私が暴れた件は彼の耳にも入っているのだろう。
「知っている。何の用だ」
「お話の邪魔をして申し訳ありません。
ですが、この部屋の前を通りがかりました所、お二人の会話が廊下まで漏れ聞こえておりましたので、一応お声がけした次第です。
異性同士が二人きりになるのは要らぬ誤解を生みますから、機会を改めた方がよろしいかと思いまして」
私の言葉にベアトリスは「ありがとう」とだけ返して再びニコラスに向き直り、先程の問いに対して答えるべく、口を開いた。
「出所不明の無責任な噂を信じたいなら、もう勝手にすれば良いわ。
貴方が私を信じられないのならば、どうせ何を言っても無駄でしょう?」
そう言い残して踵を返したベアトリスの横顔は、少しだけ淋しそうに見えた。
「行きましょう、オフィーリア」
「あ、はい」
彼女と並んで部屋を出る際、チラリと振り返ると、ニコラスは、去って行くベアトリスの背中に右手を伸ばしかけて固まっている。
行き場を無くしたその手は、空中でギュッと拳を作り、静かに元の位置へと降ろされた。
(彼はどういうつもりで、ベアトリスにあんな事を言ったのかしら?)
最初はニコラスの言葉を聞いて、彼がプリシラに心酔しているのかと思った。
だが、ベアトリスを見送るニコラスのショックを受けた様な表情を見ると、その仮説に仄かな違和感が湧いてきたのだ。
(それに、あの香り……)
空き教室の扉が開いた瞬間ほんの微かに感じたのは、厳めしい顔のニコラスには不似合いな、お菓子みたいな甘い香り。
それは、《《あの時》》に嗅いだ匂いと同じだった気がした。
私の記憶では、この乙女ゲームには、《《そういうアイテム的な物》》は存在しなかったはず。
すっかり忘れてしまっている可能性も考慮して、一応備忘録を確認してみても、そういった記述はなかったから安心していたのだけど……。
「あの……、済みませんでした。立ち聞きの様な真似をして」
私が謝ると、ベアトリスは少しだけ微笑んで、小さく首を横に振った。
「聞こえる様な場所であんな話をしていた私達が悪いのよ。
それに、間に入ってくれて助かったわ。イライラして爆発寸前だったから」
その後はお互い無言のままにA教室へと移動した。
いつもの様に隙のない所作で椅子を引き、優雅に席へ着くベアトリスだが、纏う空気はそこはかとなくピリピリしている。
「随分と機嫌が悪そうだな」
先に登校していたアイザックが戸惑い気味にそう言った。
淑女の笑みを貼り付けた顔を見て、直ぐに不機嫌に気付く辺りは流石である。
「朝っぱらからニコラスと会っちゃって」
溜息と共に吐き出された言葉で、二人が揉めた事を察したらしいアイザックは、「ああ、成る程」と頷いた。
「光の乙女様を見習え、ですって。
しかも、それを拒絶したら、虐めの噂は本当なのか? って聞かれたわ。
あの人、私を馬鹿にしてるのかしら?」
「そりゃあ、ベアトリスが怒っても仕方がない。
ニコラスも相変わらず馬鹿だな」
困った様な笑みを浮かべながら、賛同を示すアイザックに、ベアトリスはほんの少し怒気を緩めた。
「あの、もしかして、ベアトリス様とフェネリー伯爵令息は、敵対関係にあるのですか?」
確か、父親同士は仲が良いって聞いた気がするけど、だからと言って子供同士も仲良しとは限らないよね。
私の問いに、アイザックは少し考えてから口を開いた。
「うーん。敵対っていうか、水と油なんだよなぁ。
ニコラスは無口で何を考えているか分かりにくい上に、たまに口を開いたかと思えば言葉の選び方を間違えて不興を買うタイプ。
せっかちで気が強いベアトリスとは、思いっきり相性が悪いんだよ」
どこをどう間違えたらあの台詞になるのかは謎でしか無いけど、幼馴染のアイザックがそう言うのなら、もしかしたら悪意はなかった可能性もある……のか?
いや、やっぱりちょっと無理があるか?
「せっかちは余計よ。でも……、そうね、私達の相性は最悪だわ。
元々ニコラスとは一番付き合いが長いし、私は別に彼を嫌ってた訳じゃなかったのだけど、今日ので嫌いになりそうよ。
って言うか、あっちは私が嫌いなんじゃないかしら?」
「嫌ってはいないと思うけど……」
「けど?」
「……いや、何でもない」
言葉を濁して首を左右に振るアイザックに、ベアトリスは微かに眉根を寄せた。
「言い掛けて止めるの、気持ち悪いんだけど」
「他人の心情を勝手に推測して伝えるのは無しだろ。
ニコラス本人に聞けよ。面倒臭い」
良い事言ったっぽいアイザックだが、最後にチョロっと本音が漏れたよね?
可愛らしく頬を膨らませたベアトリスは、「ケチね」と不服そうに呟いた。




