58 だって悪役だもの
学園までの通い慣れた道を、馬車はゴトゴトと音を立てて走る。
私は車窓に流れる景色をぼんやりと眺めながら、プリシラについて考えていた。
先日の騒動により、私の頬を打った伯爵令嬢は傷害罪で貴族牢に入れられたとアイザックから聞いた。
罰金を支払えば釈放されるらしいが、払えない場合は労役刑になる。
どちらにせよ、短期間でも牢に入った事実は大変な醜聞だ。
それとは別に、我が家からもベアトリスの家からも慰謝料を請求されているので、彼女の生家はかなりのダメージを受けたはず。
彼女の罰金を支払う金は残ってないかもしれない。
逮捕を受けて、学園の方は当然ながら退学処分となった。
この国の貴族子女は、学園を卒業する事を義務付けられている。
つまり、義務である学園を卒業出来なかった彼女は、もしも釈放されたとしても、今後は貴族令嬢としての扱いを受けられない。
因みに、アディンセル侯爵家からは私に対する慰謝料(っていうか、ベアトリスを守った謝礼?)の提示があったけど、それは丁重にお断りした。
いつも私の方が守ってもらっているのだから、受け取れるはずもない。
それから、どうやらプリシラが虐められていたのは事実だったみたいで、その真犯人がアイザック主導の調査により判明した。
犯人は複数いたらしい。
虐めの内容はみみっちい物ばかりだったが、何人かは厳重注意や停学処分を受けた。
それによって、私達に関する噂は下火になりつつある。
でもまだ『実行犯の令嬢達に指示をしたのがベアトリスなんじゃないか?』とか言っている輩もいるみたいで、本当に忌々しい。
ゲームと違う行動を取っても、結局はゲームと同じ噂が流れた。
これは物語の強制力のせいなのか?
それとも、誰かが意図的に仕組んだ事なのか……?
未だに噂の発信源の特定は出来ていないけれど、プリシラやクリスティアンについては噂が出回り始めた当初からアイザックが調査してくれていたらしく、その二人ではないという事だけは判明しているみたい。
それでも、プリシラに責任がないとは言えないと思う。
だって、自分に関わる噂を自分の取り巻きが広める様を傍観していたのだから。
客観的に見ても、プリシラがクリスティアンに好意を持っている事は間違いないだろう。
それを踏まえると、私達を貶める噂を放置していた彼女の行動には『ベアトリスが勝手に失脚してくれるのならば好都合だ』という利己的な思惑が透けて見えてしまい、なんだかとても気持ちが悪い。
しかしながら、『未必の故意』の立証は難しい。
自らデマを流した訳ではなく、取り巻きを煽って噂を助長した訳でもない。
ならば『何もしなかっただけ』のプリシラが罪に問われる事はないのだろう。
でも、
罪になるかどうかは別として……、
なんて言うか、本当に嫌いなタイプだ。
しかも、現在彼女達は、『エヴァレット伯爵令嬢が大袈裟に騒いだせいで、一人の令嬢の人生が狂わされた』と触れ回っているらしい。
いや、流石に目撃者も多いあの事件で、その情報操作は無理があるだろ?
今迄はプリシラが善か悪かを知りたいと思っていたが、最早そんな事はどうでも良くなりつつある。
大勢の人達にとって、彼女が『聖母の様な慈悲深い女性』であったとしても、私や私の大切な人に害を与える存在ならば、私にとっての彼女は敵でしかないのだから。
だが、それはある意味好都合とも言えた。
だって、私が自分の断罪を回避する行動を取れば、プリシラの幸せな未来を閉ざす事になる可能性が高いのだ。
その事について、以前は微かな後ろめたさを感じていたのだが、相手が敵ならば話は別である。
(そうよ。本来、私は悪役令嬢だもの。
悪役は悪役らしく、主人公達をバッドエンドに導きましょう。
それが自分達の身を守る事にも繋がるのだから、躊躇う必要なんてないわ)
悪役令嬢としての決意も新たに、学園の敷地内に降り立つ。
「おはようございます、オフィーリア様」
小走りで近寄りながら声を掛けて来たのはハリエットだ。
「あら、おはよう」
「聞きましたよ、先日の騒動。
まさか、私が家の都合でお休みしている間にこんな事になるとは……。
お約束していた助太刀が出来なくて、申し訳ありませんでした」
「『見物出来なくて残念』じゃなくて?」
「まさか! 今回だけは本当に心配したんですよ!」
彼女は私の頬に視線を送り、痛ましそうに眉を下げる。
そこには小さなガーゼが貼られていた。
この程度の傷ならば、放置しても綺麗に治ると思うのだが、この世界の常識ではコレが普通の治療法みたいなので、大人しく従っている。
「ごめんごめん。
傷は全然大丈夫なのよ。
大袈裟に手当てをされているけど、掠っただけだから。
直ぐに跡形もなく消えるわ」
「既にヘーゼルダイン様とベアトリス様にも散々怒られたのでしょうけど、あまり無茶をなさらないでくださいね」
「ええ、ありがとう。
皆んなに心配させちゃったし、叱られたから、流石にもうやらないわ」
苦笑しながらそう言って、Cクラス方面へ向かうハリエットと手を振って別れた。
一人で廊下を歩き、空き教室の前に差し掛かった時、中からベアトリスの声が聞こえてきて、思わず足を止める。
「───もう十分歩み寄ったつもりよ。
あちらは一歩も歩み寄る気がないみたいですけどね。
それなのに、私にこれ以上どうしろと?」
「プリシラ嬢を見習ってみてはどうだろうか?」
男性の声が意味の分からない提案をした。
「は? 見習うべき部分が見つからないわ。
殿下のそばに居る内に、貴方までおかしくなってしまったんじゃない?」
ベアトリスの声が、一段低くなる。
殿下とはクリスティアンを指しているのだろう。
そのそばに居る男性という事は、会話の相手はニコラスだろうか?
立ち聞きは良く無いけど、ニコラスがどんな人なのかが気になっていた私は、誘惑に負けた。
「またそんな……、可愛げのない事を言うなよ。
プリシラ嬢はどんな身分の者にも優しい良い子で、殿下はそこを気に入っている。
だから、ベアトリスも彼女を見習って……」
「はぁ……」
ニコラスの言葉は、ベアトリスの大きな溜息に遮られた。
『優しい良い子』というのは、自己満足の為に高級菓子を配り歩く人に使う言葉では無い気がする。
貧民や孤児でも教育が受けられる環境を整えようと、以前から尽力しているベアトリスの方が、よっぽど『優しい良い子』ではないかと私は思うのだが……。




