48 慈善活動?
週明け。
授業の合間の休み時間に、週末に起きた街での出来事を二人に話して聞かせた。
すると、ベアトリスが意外な人物の通り名を口にしたのだ。
「それってもしかしたら、光の乙女が関係してるかもしれないわよ」
「光の乙女って、プリシラ・ウェブスターの事か?」
アイザックの問いに、ベアトリスは頷きを返す。
「そう。
どうやら彼女、最近やけに慈善活動に熱心に取り組んでいるらしいのよねぇ」
「入学する前は、平民にも積極的に治癒を施しているって噂を聞きましたけど」
「そうらしいけど、最近では市井で治癒をする事は少なくて、その代わり孤児院に寄付やお菓子の差し入れをしたり、貧民街での炊き出しなんかも計画しているらしいわよ」
「ああ、差し入れ用のお菓子をカフェで調達したって事ですか?
でも、事前の予約も無しに、店の商品を買い占めるだなんて……」
週末の出来事だという事もあって、私達と同じ様に臨時休業を知らずに来店した客も少なくないはずだ。
その客達の一部は、店に対してマイナスのイメージを持ったかもしれない。
オーナーは喜んでいたと聞くが、今回の様な事を何度も繰り返せば、既存の客が離れてしまうだろう。
いくらボランティアの為でも、プリシラの場当たり的な行動は誉められた物ではない。
「そうね。
きっと、深く考えていないのよ」
ベアトリスの言葉にも、微かな不快感が滲んでいた。
「買い占めも良くないが、そもそもメイジーズカフェの菓子は孤児院への差し入れには向かないだろう?」
アイザックが疑問を呈する。
メイジーズカフェがあるのは、賑わいの中心からは少しだけ外れた場所だ。
そこは、隣の花屋みたいに素朴な店舗も多く軒を連ねるエリアだが、メイジーズカフェはかなりの高級店である。
良質なバターやミルクや卵をふんだんに使う、オーナーの拘りが目一杯詰まった焼き菓子の数々は、富裕層のファンを増やし続け、最近では貴族の間でも手土産や贈答品として定番になりつつあった。
貧しい子供達の舌を、そんな高級菓子に慣れさせるのは色々と問題があるし、何より、買い占められたというお菓子はあまり日持ちがしない種類の物も多い。
「そうなのよ。そのせいで、私の所にも徐々に苦情がきはじめていて……」
悩まし気に溜息をつくベアトリスに、私は首を傾げる。
「ウェブスター男爵令嬢への苦情が、どうしてベアトリス様に?」
「どうやらクリスティアン殿下も、彼女と共に孤児院へ訪れているらしいの。
滅多に食べられない甘くて柔らかいお菓子に、子供達は大興奮で喜ぶのだけど、お菓子を食べた後は、いつもの安いのパンを食べなくなってしまうから、職員達はとても困っているみたいでね。
でも、ウェブスター男爵令嬢だって善意で差し入れをしてくれている訳だし、第二王子の手前もあるから、表立って文句を言う事も出来ずに……」
「それでベアトリス様に『なんとかしてくれ』という声が集まるって訳ですか」
「そういう事」
「はぁ……。
全く、相変わらず他人の仕事を増やす事しかしないな」
うんざりした様子でアイザックが吐き捨てた。
「どうせ私が言ってもクリスティアン殿下は耳を貸さないでしょうから、サディアス殿下にご相談して対応をお任せする事になったのだけど、殿下も頭を抱えていらしたわ」
ベアトリスのその判断は、とても賢明だったと思う。
何かを拗らせている様子のクリスティアン殿下が、ベアトリスの言葉を素直に聞いてくれるとは到底思えないし、事がプリシラに関連していれば益々意固地になるのは目に見えている。
王太子殿下の指導には従ってくれると良いのだけど。
それにしても、やっぱり王太子殿下も弟の愚行には頭を悩ませているのね。
貴族が孤児院に寄付をする際、クッキーなども一緒に差し入れするのは良くあるけれど、通常は普段自分達が食べている物よりも卵やバターを少なめにした、少し硬くて素朴な味わいの物をわざと用意する。
それはなにも『孤児だからこの程度で充分だろう』だなんて、彼等を軽んじているからではない。
『無闇に贅沢を覚えさせるのは彼等の為にならない』とか、『保存して何日も楽しめる様に日持ちのする物を』とか、きちんとした理由があっての選択なのだ。
(その辺りの事って、貴族子女ならばかなり幼い段階で理解するはずなのに……)
プリシラに関しては、百歩譲って世間知らずの箱入り娘なのだろうと思う事も出来るけど、第二王子のクリスティアンまでもがそんな事すら分かっていないだなんて、なんともお粗末な話である。
しかし、その慈善活動とやらの資金は、一体どこから捻出されているのだろうか?
まさか、国庫からとか言わないよね?
(なんだかこの国の未来が心配になってくるわね)
サディアス殿下が無事に王位を継いでくれれば問題はないのだが……。
実は、乙女ゲームの中では、最終的にクリスティアンが王太子になるのだ。
サディアス殿下は最初は存在を仄めかされるだけのキャラだったが、後半に犯罪組織との癒着が判明して失脚する。
そのあたりの話は、ゲーム内ではサラッと発表されるだけで詳しくは描かれていないけれど、突然王太子に指名されたクリスティアンをヒロインや仲間達が支えるのだ。
クリスティアンが権力を持てば持つほど、私の火あぶりの確率が上がるし、何よりお花畑な国王夫妻の誕生は看過できない。
サディアス殿下は評判が良い。
ヘーゼルダイン公爵家の方々やベアトリスなど、誰に聞いても悪い話が出て来ない彼が、そんな馬鹿な事をしでかすとは思えない。
もしも誰かに嵌められたのであれば、警告文を出せば失脚を阻止出来る可能性は高いだろう。
しかし、人は見掛けによらないとも言う。大抵の場合、悪人は善人みたいな顔をしているものだ。
サディアス殿下が本当に犯罪組織と繋がっている可能性も、ゼロとは言い切れない。
今の所サディアス殿下に関しては、判断材料が少な過ぎる。
本人に会ってその為人を直接確かめたい所だが、ただの伯爵令嬢である私では───。
「フィー?」
いつの間にか思考の海に深く沈み込んでしまっていた私は、自分の愛称を呼ぶ声にハッと我に返った。




