47 姉弟のデート
朝の教室でベアトリスと喋っていたら、登校してきたアイザックが私達を見付けて笑顔になった。
嬉しそうに駆け寄ってくる姿は、ちょっと犬っぽい。
「おはよう、アイザック」
「おはようございます、アイザック様」
「二人とも、おはよう。
なぁ、オフィーリア。美術館のチケットをもらったんだけど、今週末行かないか?」
朝の挨拶もそこそこに、魅力的なお誘いを受けたけれど、残念ながら先約があった。
「トムに会いに行くので、今週末はちょっと」
そう断ると、アイザックは何故か愕然とした様な表情になった。
「……トム? トムって……、誰?」
私達の会話を聞いていたベアトリスは、そんなアイザックを見てプッと吹き出す。
「馬鹿ねぇ。トムはオフィーリアの馬の名前よ」
「……なんだ、馬か」
ホッと溜息をついたアイザックを、軽く睨んだ。
「『なんだ』とはなんです?
可愛い私の家族ですよ。一緒には住んでいませんけど」
「乗馬を習ってるのは聞いてたけど、自分の馬を持っているんだな」
「習い始めてすぐの頃の誕生日プレゼントに買ってもらいました。
残念ながら自邸では飼育スペースが足りないので、乗馬クラブの馬房に預けてあるのです」
逃走に使うなら、自分の馬を持っていなきゃね。
エヴァレット伯爵邸にも馬車用の馬を飼育している小屋はあるが、私とジョエルの乗馬用の馬を一緒に飼えるほど広くはない。
一方、王都内にある乗馬クラブには月額料金を払えば、個人所有の馬を預かってくれるという便利な制度がある。
毎日の餌やりやブラッシングは勿論、適度な運動もさせてくれるし、病気になれば常駐の獣医が直ぐに診てくれるので、馬の健康管理という面では、預けておいた方が良かったりする。
「じゃあ、週末は乗馬クラブへ?」
「ええ、ジョエルと一緒に。
なので、残念ですが、チケットは別の方とお使いください」
「仕方がないからフレデリカでも誘ってみるよ」
アイザックは小さく溜息を零した。
フレデリカはお兄様大好きっ子だから、きっと喜ぶだろう。
「二人とも、弟や妹とデートか。ちょっと羨ましいわ」
「ベアトリス様も、メイナード様とお出掛けなさっては如何ですか?」
「う~ん……。
図書館くらいなら、付き合ってくれるかも……。
たまには誘ってみようかな?」
ベアトリスは少しはにかみながら呟いた。
なんだかんだ言って、メイナードとは結構仲良くやってるらしい。
快晴となった週末。
私達は予定通りに乗馬クラブへと足を向けた。
クラブの馬房は相変わらず清潔に保たれていて、動物臭よりも干草の匂いを強く感じる。
干草の香りは好きだ。
何故か郷愁をそそられるのは、畳の匂いに少し似ているからかもしれない。
馬房に入った瞬間、足音で私が来た事が分かるのか、トムが少し興奮した様子で首を伸ばしてこちらを見た。
「トム~~!!
久し振りねぇ、元気だった?」
小走りで近寄って肩の辺りを撫でてあげれば、フンフンと鼻を鳴らしながら私の頬に擦り寄ってくる。
とても可愛い。
先日学園であった嫌な事も忘れてしまうくらい癒される。
「久し振りって……。
数日前に会いに来たばっかりじゃないですか。……うわぁっ!」
ジョエルが叫び声を上げたのは、彼の愛馬であるマノンにベロリと頬を舐められたからだ。
「ちょ、やめろって!」
今度はシャツの袖口に噛み付いて、グイグイと引っ張っている。
マノンは牝馬で、ひと目会ったその時から何故かジョエルに懐いてしまった。
当初、ジョエルは『自分の馬を持つなら、馬力のある牡馬が良いなぁ』と言っていたのだが、ジョエルが他の馬に乗るとマノンが嫉妬して暴れる為、結局は絆されて彼女をパートナーに選んだ。
きっと今も、ジョエルが私とばかり話しているのが面白くなくて『私にも構いなさいよっ!』と催促したのだ。
一方、私のトムはマノンほどの重い愛情をぶつけては来ないが、私が会いに来ればとても喜ぶし、普通に懐いてくれている。
落ち着いていて頭が良いし、走りも安定している。良い馬だ。
私が逃亡する時には、彼にも頑張ってもらわなきゃいけないのだから、しっかりと信頼関係を築いておかねば。
二頭の馬の背に鞍を取り付けて跨り、クラブの敷地から出る。
いつもは馬場を走らせる事が多いのだが、今日は時間がたっぷりあるので、少し街へと繰り出す予定だ。
既に何度か街へ出た経験があるので、乗馬講師の付き添いは必要ない。
ゆくゆくは移動の手段として馬を使うつもりなのだから、騎手も馬も、色々な道を走る事に慣れておかなければならないのだ。
そんな訳で、わざと遠回りをして林を抜け、街道へ出た。
そこから王都の中心街へ。
「姉上、疲れたでしょう?
そろそろ休憩にしませんか?」
馬上からジョエルに声を掛けられて、「そうね」と答えた。
大通り沿いにはあちこちに馬を預けておける小屋がある。
その中の一つにトムとマノンを預けた。
「この辺りって確か、『メイジーズカフェ』の近くでしたよね?」
ジョエルの言うメイジーズカフェとは、以前私がアイザックから貰ったシガレットクッキーの店だ。
あれから何度かお店を訪れる機会があり、今ではすっかりジョエルのお気に入りと化している。
あんなにアイザックを敵視していたのに……と思うと、つい口元が緩んでしまった。
「何ですか? 姉上」
揶揄う様な気配を察知して、ジョエルが少し不機嫌そうに問う。
「フフッ。何でもないわ。さあ、行きましょう」
ムゥッと微かに口を尖らせるジョエルを促し、メイジーズカフェへと向かったのだが───。
「あれっ? 休みなのか?」
店の扉は閉ざされ、『本日休業』の札が掛けられていた。
「あら……。ガッカリねぇ」
「アンタ達、メイジーズカフェのクッキーを食べに来たのかい?」
店先で肩を落としていると、隣の花屋のおかみさんに声を掛けられた。
「そうなんですよ。
今日って定休日でしたっけ?」
「いや、本当は無休なんだけど、今朝来店したお貴族様のご令嬢が、店の菓子を買い占めたらしいんだよ。
クッキーだけじゃなくて、マドレーヌやフィナンシェやプリンなんかも全部買われちまって、今日は営業が出来なくなったんだって。
オーナーは喜んでたけど、アンタ達にとっては残念だったね」
「貴族の令嬢が……?」
大抵の貴族なら、小さなカフェのお菓子を買い占めるくらいの財力は持っているだろう。
だが、普通は大量購入したいのならば事前に予約をして、店や他の客に迷惑をかけない様にするのがマナーだと思うのだが……。
急な事情で大量のお菓子が必要になったのか、それとも単なる思い付きで行動したのか。
どちらにしても、私達にとっては迷惑な話である。
仕方なく、私達は花屋のおかみさんが教えてくれた、近くの別のカフェへと足を向けた。
そのカフェのアップルパイが絶品だったので、結果的には大満足な一日となった。




