46 厄介なタイプ
プリシラがこのままベアトリスに不敬を重ねてはまずいと思い、私も少しだけ口を挟む事にした。
「あの、ウェブスター嬢。
ベアトリス様は、既に第二王子殿下に割り当てられた執務の一部を負担していらっしゃいます。
現状をご存知ない方が口を出すべき事ではないと思います」
一時期は殿下のフォローをボイコットしていたベアトリスだが、王妃殿下の懇願に絆されて、現在も執務の一部を代行しているのだ。
それなのに、更に尻を拭えと?
もうクリスティアンの尻、拭われ過ぎて擦り切れるんじゃない?
まあ、王子の尻の心配(R指定的な意味ではない)なんて、どうでも良いか。
そんな事よりも、今はプリシラという名の爆弾を如何に安全に処理するかの方が大事だよね。
「これ以上私の負担を増やしてしまえば、大臣達から『第二王子は必要なのか?』と疑問の声が上がる事だって懸念されます。
そうなれば困るのは殿下ご自身ですわ」
ベアトリスが先程の私の台詞を補足している。
「……えっ?」
真相を確認する様に、隣に立つガザード子爵令息の顔を見上げるプリシラ。
ガザード子爵令息は困った表情で小さく頷いた。
口には出せないけどさ、ぶっちゃけ要らないよね。第二王子。
少し前まではスペアとして王家の血を繋ぐ役割があったんだろうけど、既に王太子夫妻の間に姫が生まれてるし。
「で、でも……、それはアディンセル様の能力が高いからであって、他の人も同じ様に出来るとは限らないのでは……」
引くに引けなくなったのか、プリシラは尚も言葉を重ねた。
でもそれって、クリスティアンが無能だって言っちゃってるよね?
良いのか、それで?
まあ、私は構わんし、概ね事実だけど。
「求められる仕事の量が能力に対して多過ぎるのであれば、ご自分に振り分けられた予算の範囲内で、有能な側近をもっと雇えば良いのですよ。
とても簡単な事でしょう?」
ベアトリスの言葉を聞いて何かを思い出したかの様にハッとしたプリシラは、今度は私とアイザックに矛先を向ける。
「そういえば、ヘーゼルダイン様が側近候補を降りたから実務が回らなくなったって、クリスティアン殿下が仰っていたわ。
エヴァレット様と仲良くなってから、ヘーゼルダイン様が変わってしまったと嘆いて、いら、し…て……」
後半、言葉を失ったのは、おそらくアイザックの発する怒気に気が付いたからだろう。
ベアトリスの不機嫌には気付かなかったプリシラですら、一瞬で口をつぐむくらいに殺気がダダ漏れだ。
「……へえ。クリスティアンがそんな事を」
地を這うような低い声で零されたアイザックの呟きを耳にして、本能的な危機感を覚えたのか、プリシラはサッと顔を青褪めさせる。
『もしかしたら、アイザックもヒロインと出会ったら悪役の私を疎むかも……』
なんて、心の何処かでずっと懸念していたけれど、そんな心配は無用だったみたい。
「クリスティアンの側近候補を降りたのは、僕と僕の家の都合だよ。
無関係なオフィーリアのせいにするなんて、見当違いも甚だしいし、彼女に失礼過ぎるだろ。
君さぁ、なんでそんなにクリスティアンの言葉だけを盲目的に信じられるの?
せめて事実かどうかを調べてから発言しなよ。
特定の人物の言葉を鵜呑みにするばかりで、自分で考える気が全く無いんだったら、そんな頭、要らないんじゃないかな?」
微笑みながら睨むという器用な芸当をやってのけるアイザックに、プリシラは今度こそ完全に口をつぐんで、仔鹿みたいにプルプルと震え出した。
アイザックの発言は、『その首切り落とすぞ』という脅しに聞こえなくもない。
ヤバい。
アイザックなら本気でやりそう。
「オフィーリア、もう行こう」
アイザックは私の手首を掴んでクルリと踵を返す。
「では、私も失礼するわ。
ガザード様、先程の件、よろしくお願いしますね」
ニッコリと微笑みながらそう言い残たベアトリスも、私達と共にその場を後にした。
その晩、なかなか寝付けなかった私は、ベッドに横たわり、仄かな灯りの下で読みかけの小説を開く。
だが、残念ながら文章は全く頭に入って来ず、いつの間にやら昼間の出来事を思い返していた。
私はこれまでプリシラとは挨拶程度の関わりしかなかったのだが、思ったよりも面倒な相手かもしれない。
というのも、彼女の態度や表情からは全く悪意が感じられなかったのだ。
論理は破綻していたが、きっと彼女は心からそれが正しいと信じているのだろう。
寧ろ、善意で自分の親しい人達を擁護しようとしただけみたいな感じなのだ。
しかも、おっとりしている様に見えて、超頑固。
女神の加護を受けていると本には書いてあったけど……。
女神、趣味悪くない?
まあ、正義感がおかしな方向に暴走しなければ、真面目で他人のために行動できる子って事なのかもしれないけど。
悪意を持って行動する人よりも、善行であると思い込んだ行動によって周囲に迷惑をかける人の方が、ある意味タチが悪い気がする。
自覚がなければ改善のしようがないし、対応を間違えるとこちらの方が悪者に見えかねないのだから。
まあ、どんな人にだって、良い面も悪い面もある物だとは思う。
今日知った一面だけをもって、プリシラを嫌なヤツだと断じるのは早計だ。
そうは思うのだが、少なくとも私とは相容れない存在な気がする。
そんな事を考えながら、ふと時計に視線を向けると、針は午前二時を指していた。
(やだ、もうこんな時間……。
流石にそろそろ寝なきゃね)
時間を意識した途端に、眠気がジワリと押し寄せてきた。
全く読み進められなかった小説を閉じ、サイドテーブルの灯りを消す。
ほんのりと温かいミッ○ィーちゃんを抱きかかえながら目を閉じれば、ゆっくりと夢の世界に誘われた。




