34 あの女は今《ジョエル》
フレデリカにグイグイと手を引かれ、スイーツを取りに向かうオフィーリアは一瞬だけこちらを振り返り、楽しそうに手を振った。
ジョエルは柔らかな笑みを浮かべながら、小さく手を振り返す。
やがてオフィーリア達が人混みに紛れて見えなくなると、スンッと一瞬にして表情を消した。
「いつ見ても二重人格としか思えないな。
その顔、オフィーリアにも見せてやりたいよ」
ククッと笑うアイザックに、冷たい視線を投げる。
「姉上を掻っ攫おうと、虎視眈々と狙っている男と二人きりにされているんですよ?
こんなに楽しくない状況あります?」
「ハハッ。清々しい位のシスコンだな。
そうやって文句を言いつつ、フレデリカにも普通に接してくれる様になったし、意外と優しい所もあるんだよな」
アイザックは揶揄う様にニヤニヤしながら、ジョエルの柔らかな頬を指先でつつく。
ジョエルは鬱陶しそうに、その指をペイッと払い除けた。
「姉上が貴方達を気に入ってしまったのだから、仕方なくですよ」
苛立った様な声色でそう言ったジョエルだが、この兄妹が姉に害を与える存在でない事は、もう充分過ぎる程に理解していた。
アイザックがオフィーリアを本気で大切に思っている事は、誰がどう見ても明らかだ(とは言え、残念ながら、本人にだけは伝わっていない)。
フレデリカの方も、年下であるにも拘らず、先程の様にオフィーリアを守ってくれている。
額に傷を残した例の事故については未だに憤りを感じているが、オフィーリア本人が気にしていないのだから、いつまでもそれに拘るべきでは無いとも思っていた。
だが、それでもやっぱり、愛する姉を奪おうとする存在が目の前に居れば、面白くないと感じてしまうのも仕方の無い事である。
フゥッと小さく溜息をついたジョエルは、これ以上の不毛な会話を避けるべく、話題を変える事にした。
「……ところで、今日のパーティーには、あのご令嬢は出席していないみたいですね」
グルリと会場に視線を走らせたジョエル。アイザックも釣られて周囲を見回した。
「あのご令嬢?」
「ほら、茶会で姉上を貶めたっていう、どこぞの伯爵家の……。
今日も姉上に絡んでくるかもしれないと警戒していたのですが、姿が見えないので」
ジョエルの説明で誰の事を言っているのか理解したらしいアイザックは、ポンと手を打った。
「ああ、あのクロワッサンみたいな髪の……、確か、エイリーン・ブリンドルだったか」
「クロワッサンですか? 僕はチョココロネっぽいと思いますけど」
「チョココロネとは、何だ?」
謎の言葉にアイザックは首を傾げた。
そう。この世界のパン屋に、チョココロネという名の商品は存在しない。
「前に姉上が考案して、料理長に作らせたパンですよ。
巻き貝みたいな独特な形をしているんです。
甘さ控えめのチョコクリームがたっぷり入ってて、とても美味しかったなぁ。
前々から思ってましたけど、やっぱり姉上って天才じゃないですか?」
「え? 狡くない?
僕、ソレ食べさせて貰った事ないんだけど……」
「あ、済みません。
余計な事を言ったせいで、話が逸れましたね」
ジョエルの冷静な指摘に、アイザックは苦々しい表情を浮かべながらも話を軌道修正した。
「……あの令嬢なら、どうやらあの後、教会が運営する療養施設に入ったらしくて……。
それで……、まあ、とにかくオフィーリアに害をなす事はもう絶対に無いから」
その情報になんだか嫌な予感がして、ジョエルは眉を顰める。
この国で教会の療養施設と言えば、主に心を病んだ者が入る場所だ。
若干歯切れが悪い話し方も更に不安を煽る。
ジョエルはアイザックに胡乱な眼差しを向けた。
「……もしかして、何かしました?」
「いや、やってないよ。本当に。あの令嬢にはね」
(『あの令嬢には』?
今この人、『は』って言ったよね?)
ジョエルはちょっと引いているが、アイザックはそれに構わず話を続けた。
「……と言うか、やろうとして彼女の周辺を調べていたら、施設に入ったって情報を掴んだんだよ」
(やろうとしたんだぁ……)
ジョエルの頬がヒクリと引き攣る。
何を? とは聞かない。世の中には知らない方が良い事もあるのだ。
「……そうでしたか。
アイザック様が原因じゃないとしたら、何があったんでしょうねぇ」
「さあな」
「まあ、どうでも良いですけど。
……あ、ちょっと」
縦ロールへの興味を急速に失ったジョエルは、通りがかった給仕を呼び止めて果実水を受け取った。
オフィーリアを攻撃しないのであれば、どうでも良い。
その点では、ジョエルとアイザックの考えは一致している。
アイザックも、エイリーンの話など無かったかの様に、優雅にティーカップを傾けた。




