33 邪魔な王子 リターンズ
突然現れた第二王子に、私は慌ててカーテシーの姿勢を取り、深く頭を下げる。
今日は両手を繋がれていなくて良かった。
「そこの女、顔を上げて名を名乗れ」
直ぐに顔を上げるのを許可してくれたのは嬉しいが、いきなり『そこの女』呼ばわりはどうかと思うよ?
ってゆーか、前に一度会った事があるのに……。目の病気に加えて、健忘症の疑いまで出て来た。
「オフィーリア・エヴァレットにございます。
王子殿下にお会い出来て光栄です」
ニッコリ笑って言われた通りに名を名乗ったのに、クリスティアンはフンッと鼻を鳴らしただけで、再びアイザックへと視線を向けた。
やっぱ、感じ悪ぅい!
「ご覧の通り、パーティーに参加して、友人達と楽しいひと時を過ごしている所ですが」
社交の笑みを貼り付けたアイザックが先程の問いに答えると、クリスティアンの眉間に深い皺が刻まれた。
「何故、私の元へ来ない?」
「殿下は沢山の人に囲まれておいででしたので、ご挨拶には後程伺おうかと……」
「違う!!
何故、私と行動を共にしないのかと聞いている!」
何それ?
お友達に構ってもらえなくて淋しいの?
それで激昂しちゃうとか、お子ちゃま過ぎん?
「僕が側近候補を辞退したという話は、既に陛下からお聞きになっているのでは?
僕達は現在、ただの友人に戻ったのですから、殿下と行動するのは義務ではありませんよね?」
声を荒げるクリスティアンとは対照的に、アイザックは冷徹な態度を貫いた。
この情報は、周囲で聞き耳を立てている貴族達にとっては寝耳に水だったのだろう。
ヒソヒソと囁き合う声が漣の様に広がる。
それによって、漸くクリスティアンは自分の言動が注目されているのだと気付いたらしい。
素早く周りに視線を走らせると、チッと小さく舌打ちをした。
本当にガラが悪い。
見た目だけは無駄にキラキラしているのに、中身はチンピラもどき。
悪い意味でのギャップだわ。
「大方、その女にでも唆されたのだろう。
全く……、そんな貧相な女の何処が良いんだか。
まあ、今すぐ謝罪するのならば、側近候補に戻してやっても良い」
クリスティアンはクイっとアゴで私を示しながら、失礼過ぎる台詞を吐いた。
コイツに貧相って言われるの、二回目!!
喧嘩を売るつもりなら買ってあげたいけど、相手は腐っても王子様。
不敬にならないギリギリのラインを狙わなきゃね。
どの程度まで攻められるか頭の中で計算を始めたのだが、私が最適解を導き出すよりも前に、視界がジョエルの背中で遮られた。
弟の背に庇われたのだと理解して、一気に血の気が失せる。
だって、邸にいる時の様にジョエルが不遜な発言をしたら、彼の首など簡単に飛んでしまうじゃない!
だが、直ぐにジョエルの前にヘーゼルダイン兄妹が歩み出て、クリスティアンと対峙してくれた。
私は密かにホッと息を吐く。
身分の高い二人に任せれば問題ないだろう。
「ねぇ、お兄様ぁ。
もしかして、今、王子殿下は私達の大切な友人に対して侮辱的な発言をしたのかしら?」
扇で口元を覆ったフレデリカは、冷ややかな視線をクリスティアンに投げる。
「まさか。そんな筈は無いだろう。
何の非もないレディを捕まえて、こんな大勢の人の前で侮辱するなんて、王族としてどころか、紳士としてあるまじき行為じゃないか」
そう言いながらもアイザックはクリスティアンを殺気を込めた目で睨み付ける。
台詞と表情が全然合っていない。
「そうよねぇ」
「もしもそんな初歩的なマナーさえも守れない者がいるなら、母親の腹の中から人生やり直した方が良いだろう」
「『その女』って仰ってたし、きっとオフィーリアの事ではないのでしょうね。
だって、殿下が自ら『名乗れ』と命令してまで名前を聞いた相手に『その女』だなんて失礼な呼び方、普通はしないわよねぇ?」
「ああ、普通であればな。
どんなに馬鹿でも、どんなに記憶力が悪くても、さっき聞いたばかりの名を忘れるはずがないだろうし」
煽る煽る。
仮にも一国の王子に対して『何も悪くない令嬢に暴言を吐く非常識野郎』『マナーがなってない』『生まれる前からやり直せ』『今聞いた名前も覚えられない馬鹿』と言っているも同然である。
一応、『まさかクリスティアン殿下はそんな事しないでしょ?』って体にはしているけど……。
大丈夫か?
流石にちょっと心配になる。
クリスティアンは怒りに体を振るわせているが、ここで二人に文句を言えば、『自分はそういう人間だ』と認める事になってしまうという事は辛うじて分かってるみたい。
口を開くのをなんとか我慢している状態だ。
「ああ、僕とした事が、うっかりしておりました。
そう言えば、先程の殿下からのご提案に、まだお答えしておりませんでしたね」
綺麗な笑みを浮かべながら、アイザックはキッパリと言い放つ。
「側近候補に戻るつもりはございません」
シンと静まり返った会場内に、『だよね』と全員の心の声の大合唱が響いた気がした。
こんなにも大勢の心が一つになる事ってある?
「……っ後悔しても、知らないからな!」
悪役みたいな捨て台詞を残し、クリスティアンは去って行く。
もう二度と私達の楽しい時間を邪魔しないでよね。
少し離れた場所で控えていたニコラスは、私に向かってペコリと会釈をすると、無言のままで足早にクリスティアンの後を追った。
ニコラスって何考えてるのか分からん人だな。
終始無言だったし。
「はぁ……。
ごめんなさいね、オフィーリア。
貴女を守るつもりだったのに、寧ろ私達のせいで絡まれてしまったわ」
「いえ、お気になさらず。
ちゃんと守っていただきましたし」
身構えてたのに、私の出る幕なんて全然なかったわよ。
「気を取り直して、スイーツでも取りに行きましょうか?」
「良いですね」
スイーツが用意されているビュッフェ台に視線を向けると、そこには既に沢山の女性客が集まっていた。
ご令嬢に大人気のアイザックがアレに近付くと、無駄に混乱が起きそうだな。
「……じゃあ、私とフレデリカ様で行ってきますから、ジョエルとアイザック様は、席を取って待っていてくれますか?」
そうお願いすると、二人とも「分かった」と頷いてくれた。




