32 凋落を願う
その後、ベアトリスは広い会場の中からヘーゼルダインの兄妹を探し出して、私達と合流させた。
「やあ。オフィーリアはいつも綺麗だけど、今日は一段と美しいな」
アイザックのストレート過ぎる褒め言葉に頬が熱くなった私は、広げた扇で顔を隠した。
(お世辞だと分かっていても、やっぱり照れるわね)
「…………あ、ありがとう。
アイザック様も、素敵ですよ」
吃りながらもなんとか無難な言葉を返した私に、アイザックはとても嬉しそうに微笑む。
そんな私達を、フレデリカはニヤニヤと、ジョエルは顰めっ面で眺めていた。
「じゃあ、私達は義務を果たして来るから、暫くは四人で楽しんでいてね」
「いってらっしゃい。お気を付けて」
メイナードを伴い、主要な招待客のもとへ挨拶回りに向かうベアトリスの背中を見送りながら、微苦笑を漏らす。
「態々知り合いに引き渡さなくても大丈夫なのに」
やっぱりベアトリスとアイザックには、幼児か何かだと思われている節がある。
まあ、高位貴族が多いパーティーに少しビビっていたので、本音を言えばありがたかった。
(だけど、前世の私は二人よりもずっと年上なんだけどなぁ……)
「折角オフィーリアの気分転換にと思って誘ったのだから、嫌な思いはして欲しくないんだろ?
大規模なパーティーだから、中には面倒な輩も居るんだよ」
アイザックの意見に、フレデリカも頷く。
「私達がそばに居れば、そんな奴等も無礼な振る舞いは出来ないもの」
得意気に胸を張ったフレデリカは、私達を守ってくれる気満々らしくて、非常に頼もしい。
しかも可愛らしい。
「面倒を掛けてごめんなさいね」
「良いのよ。
どちらにしろ、私達だってオフィーリアと一緒に過ごした方が楽しいのだから」
トラブルに巻き込まれたくは無いので、フレデリカの言葉に甘える事にした。
その時、会場の一角から大きな笑い声が響いた。
皆、何事かとそちらを見遣る。
視線の先では、一際煌びやかなグループがワイワイと騒いでいた。
「クリスティアン殿下……。
姿が見えないと思っていたけど、一応いらしていたのね」
フレデリカが呆れた様に呟く。
「へえ、あれが噂の第二王子殿下でしたか」
スッと目を細めたジョエルの笑みには、微かな侮蔑が浮かんでいる。
お世辞にも良いとは言い難い王子の評判は、幼いジョエルの耳にまで届いているらしい。
婚約者であるベアトリスのエスコートも放棄し、仲間と大声で笑い合っている王子を、会場中が冷ややかに見詰めているのだが、本人は全く気が付いていないみたいだ。
「そうよ。
で、王子の斜め後ろにいる背の高い無表情の男が、騎士団長の息子のニコラス・フェネリー。
フェネリー騎士団長は……、今、アディンセル侯爵の隣にいるわね。
昔からフェネリー伯爵とアディンセル侯爵は仲が良いらしいの」
フレデリカの視線を辿れば、先程ご挨拶した侯爵様と武人らしい屈強な男性が談笑していた。
丁寧に解説してくれたフレデリカに、ジョエルと私がフムフムと頷く。
こんなに近くで王子の姿を見たのは、ベアトリス達とのお出掛け以来だ。
クリスティアン殿下はあの頃よりも少しだけ大人びた顔立ちになっていた。
相変わらず麗しいけれど、王族にしては所作が雑だし、笑い方も少々下品に見える。
まあ、ベアトリスを大切にしていない時点で、私は彼を敵と認定しているので、尚更そう見えている可能性もあるけれど。
「そう言えば、アイザック様は殿下とご一緒しなくても良いのですか?」
彼はゲームの中では第二王子の側近候補兼友人だし、現実の世界でもそうだったはずだ。
「うん。アレと同類だと思われたくない」
アイザックは私の問いにキッパリと答えた。
思った以上に刺々しい返事が返ってきて、若干驚いてしまった。
フレデリカが小さく手招きをした。
それに応じて少し顔を寄せた私とジョエルに、声を潜めて補足説明をしてくれる。
「我がヘーゼルダイン公爵家は、クリスティアン殿下と距離を置く事にしたの」
「えっ? そうなのですか?」
「ええ。
最近の殿下は、ベアトリスが苦言を呈さなくなったのを良い事に、執務を放り出して遊び歩いてばかりよ。
今や、彼に対する王宮内の評価は地に落ちているわ。
このままでは、アディンセル侯爵家が手を引くのも、時間の問題なのではないかしら?」
凡庸な能力しか持たない上に勤勉さも無い。
その癖、プライドだけは山よりも高いクリスティアン殿下の評判は、優秀な婚約者の支えによって、なんとか持ち堪えていたのだ。
最悪なのは、当の本人が自分の置かれている状況に気付いていない事である。
「父はもっと早く切り捨てたかったみたいなんだが……。
一応、幼馴染としての情ってヤツがあるから、なんとか立ち直って欲しいと思ったんだけどね。
僕も色々と忠告はしてみたが、全く聞く耳を持たなくて年々酷くなるから、もう良い加減馬鹿馬鹿しくなってしまったよ。
そろそろ見捨てても良い頃合いだろう」
友人に対するアイザックの言い分は冷淡にも思えるが、筆頭公爵家の次期当主としては至極当然の帰結だろう。
私としては、出来るだけ早い段階でアディンセル侯爵にも第二王子に見切りを付けて頂きたい。
ベアトリスとの婚約をサッサと解消してくれれば、断罪される理由を一つ潰せるので大歓迎である。
しかもそうなれば、クリスティアン殿下が完全に失脚してくれるかもしれない。
本来であれば、火刑とは、国王夫妻や玉座に限りなく近い王族を殺害した場合だとか、他国からの侵略を手引きした場合などに科される、最も重い刑罰だ。
確かに虐めは悪辣な行為だが、身分や階級が重んじられているこの世界において、『男爵令嬢を虐めた』なんて罪状如きで侯爵令嬢と伯爵令嬢が重罰を言い渡されるなど有り得ない。
せいぜい謹慎や王都追放くらいで済ませるのが妥当な線だろう。
では、何故、ゲームの中のオフィーリアやベアトリスが火あぶりにされたのか?
ゲームの終盤で聖女となるヒロインと、その婚約者(他ルートの場合は友人)であるクリスティアン殿下。この二人が強大な権力を持っていたからこそ、悪役達は見せしめの様に火刑に処されるのである。
ならば、二人に権力を与えなければ良いのだ。
ヒロインであるプリシラを聖女にさせず、クリスティアン殿下も失脚したならば、私とベアトリスの未来にも光が見えるだろう。
───などと、考えていたのがいけなかったのだろうか?
『噂をすれば影がさす』とはよく言ったもので……。
「こんな所で何をしている?」
背後から聞こえた不機嫌そうな声に振り向くと、ついさっきまで話題に登っていた第二王子クリスティアン殿下殿下が、アイザックに鋭い視線を投げていた。




