29 無意識の行動
アイザックに『あーん』をされそうになった私は、やんわりと回避しようと試みた。
しかし、どうやら諦めてくれる気はないらしく、彼は小首を傾げながら私の口元にケーキを差し出し続けている。
容姿が整っているアイザックはただでさえ目立っていて、カフェに入店した時から他の客に注目されていた。
その彼が、私に対してまるで最愛の恋人みたいな扱いをしているのだから、女の子達がアイザックへと向けていた熱視線は、今や私への敵意を含んだ眼差しに変わっている。
なかなか口を開こうとしない私に、彼はなんとも悲しそうな表情を作り、態とらしく溜息をついた。
「あーあ、オフィーリアに会えない時間は凄く淋しかったなぁ……。
友達の存在を忘れるなんて、酷いと思わない?」
「……~~っっ!?」
そうやって私の罪悪感を刺激するなんて、狡いじゃないか。
諦めて渋々口を開くと、すかさずケーキが差し込まれた。
『あーん』を成功させたアイザックは、咀嚼中の私を上機嫌で眺めている。
(そんな顔されちゃうと、どうしても憎めないんだよなぁ)
「どう? 美味しい?」
「私には……、少し甘過ぎますわ」
主に、この空気が。
「そっか、残念。
オフィーリアのチーズケーキも美味しそうだね」
「良かったら、一口いかがですか?」
ケーキの皿をアイザックの方へ寄せると、彼はニッコリ笑い、咎める様な声色で「違うでしょ?」と言った。
(嘘でしょ? まさか……)
アイザックは、まるで雛鳥が餌を強請るみたいに、パカッと口を開けた。
戸惑う私に「早く」と催促までしてくる。
圧力に負けて、フォークに乗せたチーズケーキをアイザックの口へと運んだ。
「………………では、どうぞ」
流石に『あーん』とは恥ずかしくて言えなかったが、アイザックは非常に満足そうだ。
私が差し出したケーキを躊躇無く食べた彼に、店内の女性客達から黄色い悲鳴が上がる。
私への敵意も増し増しだけど、その程度の事をいちいち気にしたりはしない。
アイザックやベアトリスと頻繁に一緒に居るようになってからは、衆目を集めるのも嫉妬をされるのも日常となっている。
最初の頃は人の視線が怖かったりしたけれど、慣れというのは恐ろしい物で、今では見られていても何も感じなくなった。
「うん、これまでの人生で食べたケーキの中で、一番美味しい!」
「え? そうでしょうか?
結構オーソドックスなお味だと思いますけど……」
「わぁ……。鈍ぅい。
これはもしかして、アイザック様だけが問題では無いのかも」
少し離れた位置で待機していたアイザックの侍従は、私に対して残念な子を見る様な眼差しを向けながら、意味の分からない事を呟いた。
舞台の開演の時間が近付いてきたので、カフェを出て劇場へと向かう。
ここでもアイザックは居合わせた人々の視線を集めていたけれど、カフェに比べると年齢や身分の高い客が多いので、あくまでもさり気無くチラチラと見られている様な感じだ。
アイザックに手を引かれ、案内された席は個室だった。
広々とした部屋は煌びやかな調度品で飾られており、小さなテーブルの上にはフルーツの盛り合わせが用意されていた。
豪華過ぎる空間は私には分不相応な気がして、どうにも落ち着かない。
「こんなに良いお席は初めてです。
本当に、私がご一緒してしまって良かったのかしら?」
ついキョロキョロと挙動不審になってしまう私を見て、アイザックは柔らかな笑みを零した。
「父上の知り合いから譲り受けたチケットだから、気にしないで良いよ。
残念ながら、両親もフレデリカも、興味が無いみたいだったし」
「まあ、そうなのですか?
とても評判の演目なのに、勿体無いですね」
今日の公演は、少し前に大人気となった小説が原作らしい。
性別を偽り騎士団に入った凛々しいご令嬢が主人公だ。
上官との恋がメインのお話だが、冒険や推理の要素もあって、老若男女幅広いファンを獲得しているのだという。
舞台バージョンは、『男装した主演女優が、本物の男性以上にカッコいい!!』と評判になっていた。
その話を聞いた時、宝○歌劇団が頭をよぎった事は言うまでも無い。
どの世界においても、男装の麗人は乙女の心をときめかせる物らしい。
斯く言う私も、噂の男装騎士を見るのを楽しみにしている。
ほどなくして、開演のブザーが鳴り響き、舞台の幕が上がった。
期待していた主演女優は、噂以上に素敵だった。
世のご令嬢の理想を具現化した様な、それはそれは美しいかんばせと、洗練された仕草。
剣の腕も素晴らしく、強くて優しく、しかも頭まで良いときた。
これはもう、惚れる要素しか無いではないか。
すっかりファンになってしまった私は、帰りの馬車の中で今日の舞台の感想を熱く語り続けた。
熱弁する私がウザかったせいか、アイザックはいつの間にか死んだ魚の様な目をしていた。
「今、社交界は貴女達の噂で持ちきりよ」
後日、乗馬クラブで会ったベアトリスは、揶揄う様にニヤニヤしながらそう言った。
「噂とは?」
私の愛馬である『トム』にブラッシングをしながら首を傾げる。
「アイザックと貴女のデートの話よ。
カフェでも劇場でも、超ラブラブだったらしいじゃないの」
「え、劇場でも、ですか?」
カフェの件は、あの『あーん』のせいだろう。
では、劇場は?
一緒に観劇をしただけでは、デートをしていたと噂になる事はあっても、超ラブラブとまでは言わないだろう。
一瞬だけ疑問に思ったが、あの日の行動を少し思い返しただけで、いとも簡単にその答えは導き出された。
「………………あぁっ……」
原因に思い至った私は、思わず頭を抱える。
(そう言えば、ずっと手を繋いでたわ)
そりゃあ噂になって当然である。
それなのに、ベアトリスに揶揄われるまで、全くその事に思い至らなかった。
何故なら、私にとってそれは『いつもの行動』だったから。
アイザックは意外にもスキンシップが多いタイプみたいで、頻繁に手を繋いだり髪や肩に触れたりするのだ。
最初は驚いたけれど、いつの間にか私の中でもそれが当たり前になっていて、一緒に歩く時は条件反射みたいに自然と手を繋ぐようになってしまっていた。
いや、本当に、……慣れというのは恐ろしい。




