30 王太子の意見箱
文机の引き出しの鍵を開け、奥の方に隠す様にしまってあったノートを久々に取り出す。
前世を思い出した頃に作成した備忘録だ。
「うーん、やっぱりだいぶ記憶が曖昧になってるわね……。
備忘録を作っておいて正解だったわ」
ノートの内容を確認した私は、壁に掛けられたカレンダーへと視線を移した。
「ゲーム通りなら、そろそろアレが始まっている頃なのか」
同じ引き出しから、昔アイザックとベアトリスと三人で出掛けた時に購入したレターセットを取り出して、ペンを手に取った。
金の箔押しで蔦の様な模様が描かれたレターセットは、とても美しくて高級感がある。
手紙の宛名はこの国の王太子、サディアス殿下だ。
勿論、弱小伯爵家の令嬢である私は、王太子殿下との面識など無い。
だが、とある方法を使えば、王太子殿下に手紙を渡す事が可能なのだ。
サディアス王太子殿下は『身分を問わず幅広い国民の声に耳を傾けたい』という考えの持ち主であるらしい。
その為、王都内の五ヶ所に意見箱と呼ばれるポストが設置されており、そこに手紙を投函すると、ご自身の元へ意見が届くという画期的なシステムをお作りになられた。
所謂、目安箱の様な物である。
現在は王都のみの試験設置だが、徐々に範囲を広げる予定なのだとか。
勿論、お忙しい王太子殿下には全ての手紙を確認する時間など無いだろうから、事前に文官が選別して、有益な物だけが殿下の元へと届けられるのだろう。
それでも、雲の上の存在である王族に自分の声が届くかもしれないというだけでも、下々の者にとっては滅多に無い機会だし、その評判は概ね良好だと聞く。
『国王陛下が以前から悩まされている、軽微な体調不良の原因は、ナッツによるアレルギー反応である』
そう認めた手紙を丁寧に折り畳み、封筒に入れる。
差し出し人は書かないし、家紋が入った封蝋も押さずにノリで封をした。
陛下のアレルギーについては、ゲーム中盤のイベントクリアによって判明する。
ヒロイン達が学園に入学する二年ほど前から始まっていた、国王陛下の不調。
王家お抱えの医師により、当初は『過労が原因で、休養を取れば治る』と診断された。
医師の助言通りに安静にすると、酷い状態は直ぐに落ち着いたけれど、その後も発作の様な症状が繰り返し起こり、徐々に悪化して行く。
そこで、ヒロインであるプリシラに治癒が依頼された。
彼女の魔法で症状は一旦治まり、一見治癒が成功したかに思えたけれど、残念ながら暫く経つと再発してしまった。
そこで、プリシラは攻略対象者と協力して原因の究明に乗り出すのだ。
このイベントをクリアすると、協力してくれた攻略対象者との親密度が上がり、聖女としてのレベルも上がる。
それは、必然的に、私の火あぶりの確率も上がってしまうという事だ。
まだ見ぬヒロインには申し訳ないが、私は、なんとかそれを阻止したい。
陛下だって、いずれは不調の原因が判明するとしても、もっと早くに楽になれるのならば、それに越した事は無いはずだ。
同時に、王太子殿下の信用を得る事が出来たならば、私としては最高である。
ただし、身バレはいけない。
一介の伯爵令嬢が通常ならば知り得ない情報を持っていれば、必ず怪しまれるだろう。
あくまでも『有益な助言をくれる謎の人物』くらいの位置に立ちたいのだ。
その立場を利用して、ゲーム内で起こる問題をプリシラよりも先に王太子に助言して解決していけば、結果的にイベントを密かに潰す事に繋がる。
それが私の計画であり、この手紙はその下準備である。
明日、平民街の意見箱にこれを投函する予定だ。
勿論、自分で投函する様な危険は冒さない。
念には念を入れて、しっかりと変装をした上で、平民街と貴族街の境目にある教会へ行き、そこへ来ている平民の子供に駄賃を渡して投函を依頼する予定だ。
エヴァレット伯爵邸の近くにも意見箱は設置されているのに、何故わざわざ平民街の境まで赴くのかと言えば、身バレを防ぐと同時に、私の手紙を目立たせる為でもある。
以前と比べれば改善されているが、未だに平民の識字率は低い。
だから、平民街の意見箱に投函される手紙は少ないのだ。
しかも、平民にとって紙はまだまだ貴重品である為、綺麗なレターセットなどを使う者は殆どいない。
箱の中身を回収した時にパッと目に留まれば、内容をしっかりと読んで貰える確率も上がるだろうと考えた。
手紙を読んで、『試しにナッツを避けてみよう』とか思ってくれればラッキーだけど、今はまだ悪戯だと思われても構わない。
今後も様々な内容の手紙を出し続けて、そのどれかが本当であると判明すれば、自然と信じて貰えるようになるだろうから。
先ずは手に取って、読んで貰う事が大切なのだ。




