27 一石二鳥の商品開発
いつもと同じ朝。夜着から部屋着に着替えた私は、ドレッサーの前に座る。
前髪を掻き上げて、ジッと鏡の中を覗いていたら、リーザがおずおずと声を掛けてきた。
「あの……、お嬢様、どうかなさいました?」
気遣わし気に眉を下げている彼女は、私が額の傷を憂えているとでも思ったのだろう。
まあ、当たらずとも遠からずなのだけど。
「いやぁ、この傷を隠せる様な化粧品って、どっかに無いのかしらと思って」
傷の凹凸はかなり薄くなったのだが、やっぱり茶色の色素沈着は残ってしまった。
当初は、傷が残っても前髪と化粧で誤魔化せると安易に考えていた。
誤算だったのは、この世界の化粧品が前世の物ほど発達していなかった事である。
なにせ、ベースメイク用の化粧品が白粉の様な物しか無いのだ。
「……それなら、マーク兄様に相談してみたらどうですか?」
悩む私に、そう応えてくれたのは、リーザでは無かった。
鏡に映った私の隣にひょっこりと現れたジョエルに、少し驚く。
「レディーの部屋に勝手に入ってはいけないと、いつも言っているでしょう?」
「へへっ。扉が開いていたから」
「それでも、一応ノックくらいするのが礼儀です」
「ごめんなさい。今度から気を付けます」
私に叱られ、しょんぼりと項垂れるジョエルの頭を「仕方のない子ね」と撫でながら、考えを巡らせる。
「……でも、そのアイデアは、なかなか良いかも」
「でしょ?」
マーク兄様とは、東側の隣国、ミラリア王国に嫁いだお父様の姉の長男だ。
要するに、私達の従兄である。
伯母様の嫁ぎ先であるカヴァナー子爵領は自然豊かな土地で、良質な薬草やハーブが自生している。
それらを領内の工場で薬や化粧品に加工し、販売するのが主な産業だ。
カヴァナー子爵領で生産された商品は効果が高いと人気になっており、領地はかなり潤っているらしい。
現在の化粧品部門の主力商品は基礎化粧品みたいだけど、メイクアップ化粧品も製造しているし、確か、独自に商品開発も行っていた筈だ。
マーク兄様は私と三歳しか違わないのだが、後継者教育の一環として、既に化粧品部門の一部を任されている。
お願いすれば、コンシーラーを開発してくれるかも。
次の週末、早速私は、通信魔道具を使ってマーク兄様に連絡を取る事にした。
通信魔道具とは、前世で言うところの固定電話を、大きく重くした様な物体。
画像は送れず、音声通話のみ可能。
電化製品の代わりになる魔道具が存在しているお陰で、普段の生活には殆ど支障が無いけれど、やっぱり前世を思い出した今となっては不便を感じる事も多いのよね。
ああ、スマホが恋しいよぉ。
プルルル、プルルル、と呼び出し音が数回鳴った後、「はい。カヴァナー子爵家本邸でございます」と、侍女長らしき年配の女性が応答してくれた。
「オフィーリアです。
マーク兄様はいらっしゃるかしら?」
「あらまあ、オフィーリア様、お久し振りでございます。
マーク坊っちゃまですね。お呼びして参りますので、少々お待ち下さいませ」
どうやら近くに居たらしく、さほど待たずに兄様の声がした。
「もしもし、フィーか?」
子供の頃の懐かしい愛称で呼ばれるのは、少し気恥ずかしい。
「マーク兄様、お久し振りです。お元気でしたか?」
「ああ、こちらは変わり無い。
お前が連絡してくるなんて珍しいな。どうした?」
「折り入って、兄様にお願いしたい事がございまして」
「他ならぬ可愛い従妹殿の願いならば、何でも叶えてやる……と、言いたい所だが、フィーのお願いは厄介な話が多いんだよなぁ」
「人聞きの悪い。
ちょっと新しいお化粧品を開発して欲しいだけですわ」
「お前、『だけ』の使い方間違ってないか?」
魔道具越しに、マーク兄様の溜息が微かに聞こえた。
「まあまあ、そんな冷たい事を仰らずに。
話だけでも聞いて下さいませ」
前世の記憶を頼りに、新商品のアイデアを兄様に伝える。
傷痕、シミ、隈などを隠し、肌の色を均一に見せる為の品である事。
クレヨンよりも少し柔らかく、伸びの良いテクスチャである事。
皮脂や汗で崩れない事。
顔に直接塗る物なので、肌への刺激が少ない原料を使用する事。美肌効果もあれば、なお良し。
「要望が多いっっ!!」
「あら、無理なのですか?」
「馬鹿な事言うなよ。
ウチの優秀な開発担当者達を舐めて貰っちゃ困る」
ちょっと挑発的な発言をしてみると、直ぐに乗ってくれた。
そう来なくっちゃ。
「フフッ。頼もしいですわ」
「まあ、需要は結構ありそうな予感がするしな」
「相変わらず、商魂たくましい」
「商才があるって言ってくれないか?
実は、ウチの母上も最近シミが増えたってブツブツ言ってるから、丁度良いと思ったんだよ」
私みたいな傷痕のある貴族女性は珍しいが、シミやそばかすに関しては密かに悩んでいる人も多いと思う。
日焼け止めの無いこの世界では、どんなに日傘や帽子で日焼けを予防しても、年齢と共にシミは増える。
前世と違って、UVカット率の高い素材も存在しないから余計に。
普通の生地の日傘でも、黒ならばまだ日焼け予防の効果が期待出来る気がするけど、やっぱりご令嬢達は、白やパステルカラーなどの爽やかな色を好む傾向にあるのだ。
「売れる商品が出来ると良いですわね」
「もしも儲かったら、フィーにもアイデア料として何割かバックしてやるからな」
「本当ですか?
マーク兄様、大好きです!」
「現金なヤツだな」
「フフッ。よろしくお願いします」
後は兄様にお任せすれば、きっと素晴らしい商品が出来るはず。
他力本願?
いや、餅は餅屋って言うじゃないか。
素人が試行錯誤するよりも、アイデアだけを提供して専門家に任せた方が良いに決まってる。
それにしても、欲しかった商品が手に入って逃走資金まで稼げるかもしれないなんて、超ラッキーじゃない!?




