26 変化の兆し
我が家のささやかな庭園の真ん中に、白いテーブルが設置された。
その上に、ベアトリスが好きなフロランタンと、フレデリカが好きなブルーベリータルトが用意されているのを確認して、「良し」と小さく頷く。
今日は二人をエヴァレット伯爵邸に招いて、女子会の予定。
月日が経つのは早いもので、森のお茶会から、もう二年。
土下座謝罪を切っ掛けにフレデリカとも仲良くなり、ベアトリスやアイザックと四人で交流を深めていた。
しかし、最近の私はちょっとバタバタしていて、彼女達と会うのはかなり久し振りだ。
「後は、リーザが美味しいお茶を淹れてくれればバッチリね」
「お任せ下さい」
頼もしい返事をくれたリーザは、茶器や茶葉の準備に余念がない。
時間ピッタリに到着した友人達を庭園に案内する。
「オフィーリアは最近構ってくれないんだもの、淋しかったわ」
不満を零したベアトリスに、フレデリカも同調した。
「ベアトリスとも会っていなかったの?
私やお兄様も全然よ。お兄様なんか、ずっと機嫌が悪くって。
今日なんかオフィーリアの邸に行くってバレちゃって、狡いって言い出して大変だったんだから」
そう言えば、アイザックとも随分会っていないなぁ。
今日は女子会だから、彼は呼ばなかったんだけど、仲間外れにしたみたいに思われちゃったかな?
「ごめんなさい。
習い事を増やしたら、思った以上に忙しくなってしまって……。
アイザック様にも、後日改めて連絡しておきますね」
「何の習い事を始めたの?」
問い掛けながら、ベアトリスは好物のフロランタンに手を伸ばす。
「語学に力を入れてます。話せる言語を増やしたくて、ちょっと遠くの国の言葉とかも覚えようかと。
それから、弟と一緒に乗馬も習い始めました」
どちらも、断罪回避が失敗した場合の逃走に役立つと思って始めた事だが、意外にも楽しくてかなりハマっている。
「乗馬!? 危なくないの?」
フレデリカがブルーベリータルトを頬張りながら驚きの声を上げた。
この国では、まだ、女性が乗馬をするのは珍しいのだ。
「フレデリカ、食べながら話さないの!」
母親みたいに注意する面倒見の良いベアトリスに、思わず笑みが零れる。
「フフッ。
今の所は、一度も危険な目には遭っていませんよ。
勿論、絶対に安全とは言い切れませんが、きちんと先生の指導に従っていれば、それ程心配する必要は無いかと。
まだ一人で走らせる事は出来ませんけど、馬は頭が良いし、とっても可愛いのです。
それに……」
「「それに?」」
「実は、ダイエットにも効くそうですわ」
「まあっ! 私もやってみようかしら?
最近、甘い物を食べ過ぎてるのよねぇ……」
ダイエットと聞いて、ベアトリスは俄然興味が湧いたらしい。
愛憎入り混じった様な複雑な表情で、手元の皿に取ったお菓子を見詰めている。
その気持ち、分かるわぁ……。
フロランタン、美味しいけど、結構カロリー高いんだよね。
彼女は少し逡巡していたが、やっぱり誘惑に負けたらしく、フロランタンを一つ摘んでパクリと口に入れた。
ちょっと油断すると下っ腹がポッコリしちゃう、洋梨体型の私から見たら、ベアトリスは完璧なスタイルだと思うのだけど。
それでも本人にしか分からないコンプレックスとかがあるのかな?
王子の婚約者で侯爵令嬢のベアトリスが乗馬を始めたりしたら、真似をする令嬢が増えて、乗馬ブームが巻き起こりそうな予感がする。
「でも、ベアトリス様は王子妃教育でお忙しいのでは?」
そう問うた私に、ベアトリスはフフンと不敵に笑う。
「実は、今、ボイコットしてるの」
「「ボイコット!?」」
「そう。……とは言っても、私の王子妃教育はかなりハイペースで進んでいたから、多少サボっても全く問題は無いのよ。
それに、今迄はポンコツ王子が覚えるべき内容まで私が代わりに覚えていたんだけど、それについては拒否する事にしたわ。
なんかもう、馬鹿馬鹿しくなっちゃって」
「それは拒否して当然ですわ。
自分の無能をベアトリスに補わせるなんて、ポンコツ王子、思った以上にポンコツですわね」
ドヤ顔のベアトリスも、プンスカしているフレデリカも可愛いけど、小心者の私は彼女達の発言の危うさにハラハラしてしまう。
何故私の周囲の人間達は、不敬な発言ばかりを繰り出すのか。
「お母様には、クリスティアン殿下と仲良く出来ないのは貴女の努力不足だって叱責されたけど、私は殿下の親でもなければ教育係でもないのに、理不尽よね?
まあ、そう反論したら平手打ちされてしまったんだけど……」
ベアトリスの言葉にギョッとする。
ちょっと反論されたからって手を出すなんて、虐待じゃないか。
ゲームの中でも侯爵夫人は毒親っぽかったけど、暴力は振るわなかった筈なのに……。
「だ、大丈夫なのですか?」
「ええ。
あの人も元は深窓のご令嬢だもの。
腕力なんて全然無いから、叩かれたって痛くも痒くも無いわ。
それにね、ちょっと嬉しい事もあって」
「嬉しい事?」
「弟がね、私が叩かれたのを見て、庇ってくれたの。
それ以来、気に掛けてくれる様になって、一緒に勉強したりお茶を飲んだりしているのよ」
「それは良かったですね」
「オフィーリアが弟を可愛いって言っていた気持ちが、ちょっとだけ理解出来たわ」
フフッと可愛らしく笑ったベアトリスは、初めて会った頃よりもずっと幸せそうに見えた。
ゲームの中で、アディンセル侯爵家の家族仲は、決して良いとは言えない。
侯爵夫妻は典型的な政略結婚で、冷え切った関係。
父親は仕事が忙しくて不在がち。
母親は、自らがお腹を痛めて産んだ子供であるにも拘らず、厳しかった姑に似た容姿を持つベアトリスを愛せずにいた。
母親に溺愛されて育った天才児のメイナードと、母親に冷遇されつつも言いなりになっているベアトリスは、互いにどう接して良いのか分からずに殆ど交流していなかった。
……という設定だった筈だ。
もしかしたらメイナードは、毒母によって、ベアトリスに対する何らかの負の感情を植え付けられていたのかもね。
彼から見れば、ベアトリスは婚約者の王子にも好かれず、母親に逆らう事も出来ない無能な姉に見えていたのかもしれない。
だが、ベアトリスが母に反論して殴られた場面を見て、その考えに変化があったのだとしたら……。
ベアトリスが暴力を振るわれたのは腹立たしいけど、家族の中に味方になってくれるかもしれない人が出来たのは喜ぶべき事だ。
少しずつだけど、良い方向に向かっている気がした。
(このまま、仲良し姉弟になってくれると良いのだけど……)
そう願いながら、少し冷めた紅茶を飲み干した。




