23 謝罪と和解
詳しく話を聞いた結果、フレデリカは私がアイザックの婚約者になったと誤解していた事が判明。
取り敢えず、縁談をお断りした事と、友人になった経緯を簡単に説明した。
「ただのお友達……、なの?」
「ええ、そうですよ。
公爵夫妻やアイザック様から説明されていませんか?」
何も聞いていない筈は無いと思うのだけど、どうしてそんな誤解が生じたのだろうか?
一番疑問だった事を聞いてみると、フレデリカは少し考え込み、恥じ入る様に俯いた。
「それが……、お兄様の縁談の事を聞いた後は、凄くショックでずっと部屋に閉じ篭っていて、暫く家族と顔を合わせていないの」
「では、侍女や使用人達からは聞いていませんか?」
家族には会わなかったとしても、少なくとも侍女だけは部屋に入れていた筈だ。
高位貴族の令嬢は世話をされるのが当たり前なので、身の回りの事を自分で出来る子は少ないから。
「お兄様や貴女の話が出そうになったら追い出していたから……」
「なるほど。事情は分かりました」
自分のせいで兄が望まぬ婚約をしなければならなかったのだと思い込み、罪悪感で一杯一杯だったのだろう。
それで私達に関する話を聞くのさえも拒絶してしまったのだ。
「あ、あのっ……、本当にごめんなさい。
私のせいで貴女は怪我をしたのに、八つ当たりみたいに更に酷い態度を取ってしまって……」
改めて自分の過ちに気付いたのか、再び涙目になったフレデリカは、深く頭を下げて私に謝った。
「誤解が解けたのなら、もう良いのですよ」
私が謝罪を受け入れると、徐に顔を上げたフレデリカは遠慮がちに口を開いた。
「……質問、しても良い?」
「どうぞ」
「オフィーリア様は、」
「あ、ちょっと待って下さい。
敬称を付けられるのは落ち着かないので、オフィーリアと呼んで頂けますか?」
いくら年下でも、筆頭公爵家のご令嬢に『様』とか付けられたら居た堪れない。
話の途中で口を挟んでしまったが、フレデリカは気を悪くした様子も無く、頷いてくれた。
「分かったわ。
オフィーリアは、お兄様を好きではないの?」
「好きですよ。大切な友人です。
とっても優しくて良い人ですし、聡明で努力家で、尊敬出来る人だと思います。
仲良くして頂けて光栄です」
「え? 優しい?」
フレデリカは不思議そうな表情になってしまったが、何故なの?
「ええ、優しいです……よね?」
「そう……、優しいのね……。
じゃあ、格好良いとは思わない?」
「普通に思いますよ。
でもそれは、美術品を鑑賞したり、フレデリカ様やアディンセル侯爵家のベアトリス様のお顔を見て『綺麗だなぁ』と思う気持ちと同じ様なもので、恋とは少し違います」
フレデリカは不思議そうに首を傾げた。
「綺麗だと思うのに、自分の物にしたいとは思わないの?」
「私、所有欲があまり無くて。絵画とかも鑑賞するのは割と好きなのですが、収集する趣味はありません。
人間に対しては尚更です。
独占欲とかが薄いみたいですね。本当の恋をした事が無いからかもしれませんが」
前世の頃は、一応彼氏がいた事もあった。
でも彼が他の女性と親し気にしていても、嫉妬の感情は湧かなかった。
結局、『好かれているのか分からない』と、少女漫画の女性キャラみないな台詞を吐かれて振られた。
今思えば、きっとお互い状況に流されてお付き合いしただけで、本当の恋ではなかったのだろう。
それに、誰かの事を『自分の物』だと思うのって、なんだか荷が重い気がしてしまう。
「……そう」と呟いたフレデリカは、何故か少しだけ残念そうに見えた。
その時、玄関の方からバタバタと慌ただしい足音が聞こえた。
公爵家への連絡を使用人に指示しておいたので、おそらくフレデリカの迎えが到着したのだろう。
応接室の扉がノックされたので入室を許可すると、勢い良く開いた扉から飛び込んで来たのはアイザックだった。
いつもより乱れた髪と額に滲んだ汗が、彼の慌てっぷりを窺わせる。
「オフィーリア、ごめんっ! 大丈夫かっ?」
「え? ええ、問題ありませんよ。
丁度、フレデリカ様とのお話が終わった所ですわ」
「……フレデリカ、何故勝手にここへ来た?
オフィーリアに誠心誠意謝罪をしたんだろうな?」
キッとフレデリカを睨んだアイザックは、先程迄私に向けられていた優しい声ではなく、底冷えする様な声色で問い掛けた。
フレデリカの肩が大きく震える。
「ごめっ…なさ……」
蚊の鳴く様な声で、アイザックに謝るフレデリカ。
「アイザック様、そんなに怒らないであげて。
私は既に、フレデリカ様の謝罪を受け入れたのですから。
彼女は私がアイザック様の婚約者になったと誤解して、貴方を心配していたのですよ」
「は? 意味が分からない。
オフィーリアと友人になった事は、誰かがお前に説明しただろう?」
彼は再びフレデリカに鋭い視線を投げる。
「説明しようとした人は居たでしょうけど、聞く耳を持たなかったみたいですね」
「知らなかったとしても、今回の件で一番の被害者はオフィーリアだ。
僕の心配をするよりも、オフィーリアの心配を先にするべきだろう」
「アイザック様が私の味方をしてくれるのは嬉しいですし、社会通念上では、それが望ましいかもしれません。
ですが、自分にとって身近で大切な相手の方を心配してしまう気持ちは理解出来ますよね?
それにフレデリカ様は、まだ十歳ですし」
「僕や君と二歳しか違わない」
「怖い目に遭ったばかりなのだから、少し位、大目に見て差し上げても良いのでは?」
「怖い目に遭ったと言うなら、実際に魔獣に襲われた君の方がよっぽど怖かっただろうに……」
「アイザック様」
緩く首を横に振りながら名を呼べば、彼はハッとして口をつぐんだ。
「………………済まない。
僕がフレデリカを叱る事で、君に余計に気を使わせてしまったのだな」
まさかアイザックが自分の妹に対して、ここまで憤りを感じているとは思わなかった。
彼の言っている事は正論だが、少し厳しい気もする。
「分かってくださったなら、良いのです。
同じ経験をしたとしても、心の傷の大きさは人によって違う物なのですよ。
どちらの傷が大きいかなんて、誰にも比べられないわ。
フレデリカ様には教育よりも先に、心のケアが必要なのだと思います」
私の主張に納得したのかしていないのか、アイザックは小さく溜息をつくと、フレデリカの隣の席に腰を下ろした。
「僕と妹を許してくれてありがとう。
だが、君はちょっと寛大過ぎるんじゃないか?」
「そうでも無いですよ。私だって、嫌いな人には容赦しないですから」
例えば、第二王子とか、あと第二王子とか。
「さあ、折角いらしたのですから、お茶でも飲んで下さいませ。
公爵家の茶葉には敵いませんが、ウチのリーザが淹れるお茶もなかなか美味しいですよ」
そう言って視線で合図を送ると、リーザはアイザックの分の紅茶を提供するついでに、私とフレデリカの冷めた紅茶も交換してくれた。
勧められるがままに、カップを手に取り口を付けたアイザックは、微かに笑みを浮かべた。
「うん、美味しい。君の侍女は素晴らしいね」
「でしょう?」
リーザを褒められて、私は誇らしい気分になる。
それから三人で少しだけ雑談をして、帰り際にフレデリカは再度私に今日の非礼を謝ってくれた。
本当に、もう良いのに。
そして、「お兄様にも、迷惑をかけてごめんなさい」と言ったフレデリカの頭を、アイザックは複雑な表情でワシャワシャと撫でていた。
ちゃんと仲直りしてくれると良いなぁ、と思いながら、兄妹が乗った馬車を見送る。
アイザックもベアトリスもそうだったが、フレデリカも、実際に話してみると思っていたイメージとは違っていたし、私に対する敵意は無くなり、意外と良好な関係を築く事が出来そうな気がする。
ヒロインや第二王子とも仲良くなれれば、彼等の邪魔をしなくても済むんだけど……。
そう上手くは行かないのだろうな。
特に、第二王子とは、仲良くなれる気がしないもの。




