22 突然の訪問者
「───お願いしますっっ!!!」
戸惑いながら見下ろす私の足元には、這いつくばって頭を下げる可憐な令嬢の姿。
ジャパニーズ土下座スタイルである。
(この世界にも土下座って存在したのね……)
遠い目をしながらそんなどうでも良い事を考えてしまったのは、所謂、現実逃避ってヤツだったのかもしれない。
だって、床に額が触れそうな姿勢で微動だにしない令嬢の正体は、我が国の筆頭公爵家の娘、フレデリカ・ヘーゼルダインなのだから。
ほんの十分程前まで、私は自室でのんびりと本を読んでいた。
すると部屋の外から、人が争う様な声が微かに聞こえて来たのだ。
「……なんか、騒がしくない?」
「ええ。お客様がいらっしゃるとは伺っていなかったのですが……。
一体なんの騒ぎでしょうね」
本から視線を上げて、お茶を淹れてくれているリーザに問い掛けると、彼女も怪訝な表情で首を傾げる。
───コンコンコン!
慌ただしいノックの後、誰何も待たずに扉が開かれて、焦った様子の執事が早口で喋り出した。
「お嬢様、申し訳ありません。
お客様が急にいらっしゃって、どうしてもお嬢様にご面会をと……」
「良いから、お下がりなさい!」
状況説明をしている途中の執事を押し退けて、鬼気迫る表情で部屋に入って来たのは、なんとフレデリカだった。
先触れも寄越さずに押し掛けて来た高貴なご令嬢を呆然と見詰めていると、彼女はやにわに私の足元に土下座したのだ。
「へっ!?」
突飛な行動に思わず変な声が出てしまった私を気にも留めず、彼女は叫んだ。
「申し訳ありませんでしたっ!!
貴女に怪我を負わせてしまった事は謝りますからっ!
だからっ……、だから、お兄様を解放して下さい。
お願いしますっっ!!!」
「!?!?」
いや、ちょっと待て。
ツッコミ所が多過ぎて、何処から指摘すれば良いのか分からない。
先ず、急にやって来て勝手に邸に押し入るのは、どう考えても謝ろうとしている人間のするべき事じゃない。
それから、解放も何も、私はアイザックに一方的に付き纏っている訳じゃない。
あと、いきなり土下座するとか極端過ぎる。
公爵令嬢の土下座……。
よく考えたら、これって、非常によろしくない状況なのでは?
幸い邸の中だから、部外者に目撃される心配は無いけど、それにしたって……。
「………………ええっと……、あの、フレデリカ様?
取り敢えず、頭を上げて頂けませんか?」
いつまでもそうさせて置く訳にも行かず、私は彼女の傍らに膝をついて、肩に手を掛けた。
彼女の肩は、微かに震えている。
(あれ? もしかして、泣いてる?)
ガバッと顔を上げたフレデリカの瞳からは、案の定、大粒の涙がボロボロと零れ落ちていた。
「……だっでぇ、わだじのぜいで、おに゛いざまがぁぁぁ……うえ゛~~~ん!」
ペタンと床に座ったままでオイオイと泣き始めてしまったフレデリカに、苦虫を噛み潰した様な顔をしたリーザが無言でハンカチを手渡す。
リーザもジョエルと同じでフレデリカに対して大層腹を立てていたけど、目の前で十歳の女の子が泣きじゃくっているのを見たら、放っては置けなかったのだろう。
「…う゛ぅ……ありがとう……」
小さく呟いた彼女は、そのハンカチで頬の涙を拭った後、豪快にチーンと鼻をかんだ。
リーザが思いっきり顔を顰める。
(うわぁ、マジかぁ)
令嬢も鼻をかんだりするんだね。
「……………あ、ごめんなさい。
新しい物を買って返すから」
ハンカチが借り物だったと思い出したフレデリカは、オロオロとした様子でリーザに謝った。
「……いえ、結構です。差し上げます」
二人の遣り取りを見ていたら、ちょっと笑ってしまいそうになった。
他家の使用人に対して、お礼やお詫びの言葉が自然に出て来た事にはとても好感が持てる。
前世でよく読んでいた異世界ジャンルの小説の中には、『使用人に謝ってはならない』みたいなルールがあるお話も見受けられたけど、日本人が作った世界だからか、この国の文化はそこまで極端ではない。
フレデリカは、なんか、思っていたよりも全然悪い子じゃないかも。
公爵夫人、子育て間違ってなさそうですよ。
まだエグエグ言っているフレデリカの背中を摩りながら宥めて、少し落ち着いて来た所で、改めて話を聞く為に応接室へと案内した。
テーブルを挟んで向かい合って座った私達に、リーザが紅茶を提供してくれる。
最初は剣呑な視線でフレデリカを見ていたリーザだが、いつの間にか毒気が抜かれたらしい。
今は、ちょっと困った子を見る眼差しに変わっていた。
温かいお茶を一口飲んで、ホゥッと小さく息を吐く。
(ジョエルが出掛けていて良かったわ)
在宅中だったら、フレデリカの前で暴言を吐くんじゃないかと、ビクビクしなければいけなかったから。




