15 想定内の逆恨み
思わずそちらを見上げると、二階の窓から憎々し気に私を睨むグリーンの瞳と一瞬だけ視線が交わる。
その人物は、直ぐにカーテンを閉めて部屋の奥へと隠れてしまったけれど……。
あれは……、フレデリカよね?
「被害者であるオフィーリアをあんな風に睨むなんて……。
愚妹が失礼な態度を取って、本当に申し訳ない」
アイザックもフレデリカに気が付いたらしく、苦い表情を浮かべる。
(またしても、頭を下げられてしまったわねぇ)
なんだかここへ来ると、謝られてばっかりだな。
「いえ、そんな……」
「アイツはまだ君にきちんと謝罪もしていないと聞いている。
実は、今、再教育の為に新しい家庭教師を探している所なんだ。
必ず過ちを理解させて反省させるから、もう少しだけ時間をくれないか?」
「気にしておりませんわ」
これから貴族社会で生きて行かねばならないのに、この程度の事を一々気にしていたら、きっとやって行けないだろう。
それに、彼女に嫌われてしまうのは想定の範囲内なのだ。
何故なら、ゲームの中ではオフィーリアとフレデリカは犬猿の仲だから。
ゲームの中のオフィーリアは、アイザックに一目惚れをして執着する。
元々女性が苦手だったアイザックは、オフィーリアに対して全く好意を持てなかったが、せめて婚約者として誠実に接しようと心掛けていた。
だが、オフィーリアはそれだけでは満足出来ず、些細な事で嫉妬をしたり、癇癪を起こしたりして彼を困らせた。
貪欲に愛を求めるオフィーリアに、アイザックは次第に疲弊してしまう。
そんなアイザックの心をヒロインが癒して、二人の距離は縮まって行く。
うーん……。
一応は婚約者が居るのに他の女に癒しを求めるって、どうなのかしら?
実物はそんな人ではなさそうなのに、ゲームの中のアイザックは仄かにクズな感じがする。
まあ、それだけオフィーリアが酷かったって事なんだろうけど。
一方のフレデリカは、自分の過ちのせいで大切な兄が好きでもない女とデメリットしか無い婚約をする羽目になった事を悔やんだ。
同時に、元々被害者であるとはいえ、泣き喚いてアイザックの婚約者の座を手にしたオフィーリアを毛嫌いしていた。
肝心な兄との仲もギクシャクしていたけれど、ヒロインが間に入ってくれたのを切っ掛けに、兄妹で話し合う事が出来て、徐々に関係が改善される。
感謝したフレデリカは、ヒロインの恋を応援してくれるキャラになるのだ。
だけど、実際には私とアイザックは婚約していないし、嫉妬もしていないし、癇癪を起こしてもいないので、今の所私は純然たる被害者でしかない。
だからフレデリカが私を睨んでいたのは、完全な逆恨みなのだけれど……。
もしかしたら、フレデリカが起こした事故を利用してアイザックに近付いた卑怯な女、とか思われているのかなぁ。
だとしたら、私から望んだ訳では無いのに、ちょっと理不尽じゃないかな?
薔薇園の散策以降、アイザックからのプレゼントの傾向が変化した。
安眠を促す効能があるというハーブティーの茶葉や、アロマオイル、睡眠に関する書籍などが贈られてくる。
どうやら先日の何気ない会話のせいで、随分と心配させてしまったらしい。
そのプレゼントの効果があったのか、私の精神状態が少し落ち着いたせいなのかは分からないが、徐々に悪夢を見る回数は減ってきた様に感じる。
「お嬢様、また贈り物が届いているのですが……」
ジョエルの勉強を見てあげていたら、リーザがアイザックから荷物が届いたと呼びに来た。
いつもより少し大きめな荷物だったので、部屋に運んで貰う前に中身を確認する。
箱から出てきたのは、ちょっと不思議な形のクッションのような物だ。
「何ですか? コレ」
見た事がない形状に、ジョエルが首を傾げる。
「快眠出来る枕ですって」
今回もメッセージカードには短めの手紙のような文章が認められている。
もう、手紙を添えれば良いのでは?
曰く『他国で画期的な枕が開発されたと聞いたので、取り寄せてみた。
これは、通気性が良い素材で出来ており、少し盛り上がった部分が首を支える事によって、従来の物よりも自然な寝姿勢を───』
うん、知ってる。
前世の日本にも、似た様な製品があったからね。
効果の程は不明だが、わざわざ調べてくれたのかもしれないと思うと、その気遣いに心が温かくなる。
『君が穏やかな夜を過ごせる様に祈ってる』と、締め括られた二つ折りのカードを閉じながら、私は思わず笑みを浮かべた。
「今度は枕ですか……」
呟くジョエルの表情には多分に呆れが含まれているものの、以前の様な剣呑さは感じられない。
アイザックの贈り物が、私の悪夢を心配した物に変わってから、少しずつジョエルの彼に対する態度が軟化してきたのだ。
相変わらずフレデリカの事は敵認定しているけれど、それは彼女の態度にも問題があるので、ある程度は仕方ないとも思う。
「早速今夜から使ってみるわ。いい夢が見れるかも」
「だといいですけどね。
リーザ、コレを姉上の部屋に」
「かしこまりました。
それから、こちらもお嬢様宛てです」
リーザに手渡されたのは、ずっしりと重い手紙の束だった。




