16 女の戦場への招待状
リーザから受け取った手紙の大半は、招待状である。
ざっと内容を確認した私は、小さく溜息をついた。
最近は毎日の様に沢山のお茶会の誘いが届くのだが、毎回怪我の療養を理由にして欠席していた。
私が額に傷を負った件は、森のお茶会に出席した令嬢達から広まっているので、面倒な誘いを断る時に、『療養』という言葉を便利に使っていたのだが……。
「面倒だけど、そろそろ断るのも限界かしらねぇ」
げんなりしながら、そう呟いた。
額の傷は、もう抜糸も済んでガーゼも取れている。
傷痕は残ってしまったが前髪で隠す事は可能だし、いつまでも『療養』と言い張るのは無理があるだろう。
これ以上引き篭もり続けると、『エヴァレット伯爵令嬢は、顔に傷が残ったせいで心を病んでいる』とか、ある事ない事言われそう。
「そうですね。
姉上がヘーゼルダイン公爵邸に何度か訪問している事は、既に噂になっているみたいですし」
「えっ? そうなの?」
「不本意な事に、『嫡男と婚約するんじゃないか?』って言われているらしいですよ。
その噂が気になって、頻繁に招待状を送って来るのでは?」
「うへぇ……」
思わず変な声が漏れてしまって、リーザに咎める様な視線を向けられた。
叱られたくはないので、慌てて姿勢を正す。
しかし、怪我をした私がその原因を作った令嬢の邸を数回訪れただけで、何故そんな噂に?
思った以上に面倒だわ。
招待を断れば、『公爵家には訪問するくせに』とか言われるだろうし、出席したらしたで、アイザックの件で令嬢達から絡まれる事は想像に難くない。
「だから公爵家なんかと関わるのは反対だったんですよ」
不満も露わに唇を尖らせるジョエル。
「私も最初は関わるつもりなんて無かったのよ。
でも、成り行き上、仕方なく……ね?」
ヘラッと笑った私に、ジョエルは「全くもう……」と溜息をつく。
「今度の茶会も心配です。
令嬢同士の集まりに僕が一緒に行く訳にもいかないですし……」
「私のお下がりのドレスを着て、一緒に行くのはどうかしら?」
「馬鹿な事言わないで下さい」
冗談でそう言ってみたら、半目で睨まれてしまった。
ジョエルなら女装してもきっと私より可愛いと思うんだけどなぁ。
「ジョエルは相変わらず心配症ね。
私は意外と打たれ強いから、か弱いご令嬢に嫌味を言われたり、ちょっと嫌がらせをされるくらいなら全然大丈夫なのに」
「姉上はいつも危機感が薄過ぎるのですよ」
「ふふっ。頼りない姉でごめんなさい」
そう言ってジョエルの頭をグリグリ撫でると、彼はむくれた顔をしながらも私にムギュッと抱き着いた。
それ以降、私は無難そうな家からの招待だけを選び、何度かお茶会に参加している。
まあ、無難な家を選んだとて、好奇の視線や敵意を向けられる事は完全には避けられないのだが。
その日も、比較的穏やかな性格の伯爵令嬢からの招待を受け、お茶会に出席していた。
季節は春。会場となった伯爵邸の庭には、沢山の薔薇の花が咲き誇っていた。
ヘーゼルダイン家の薔薇園も本当に素晴らしかったけれど、こちらの庭園もなかなか見応えがある。
そんな庭園には、薔薇にも見劣りしないほどに美しく着飾ったご令嬢達が、お茶やお菓子を楽しみながら話に花を咲かせていた。
美味しい紅茶に舌鼓を打っていると、不意に穏やかだった空気が一変し、騒めきが広がった。
「……ベアトリス様だわ」
私の隣に座っていた令嬢が、小さく呟く。
驚いて庭園の入り口へ視線を向けると、丁度煌びやかな集団が入って来る所だった。
「ごめんなさい。遅れてしまったわね」
取り巻きらしき数人の令嬢達を引き連れて現れたのは、ベアトリス・アディンセル侯爵令嬢。
そう。メインの悪役令嬢である。
(まさか、そんな……)
乙女ゲームの登場人物と鉢合わせしない様に、参加者リストは毎回事前にチェックしているが、今回、ベアトリスの名は無かったはず。
急遽参加する事になったのだろうか?
私ってば、なんて運が悪いのかしら。
真紅の髪を豊かに靡かせ、鮮やかなグリーンのドレスを身に纏い、涼やかな笑みを浮かべるその姿には、既に王者の様な風格が備わっていた。
淑女としての礼儀作法も完璧で、婚約者である第二王子の公務の一部も補っているという彼女の評判は頗る良い。
それに対して、補われている側の王子の評判は……まあ、概ねご想像の通りである。




