120 美しさは女の武器
年が明けても、ゲームのイベントである感染症の蔓延は起こらなかった。
アイザックの話によれば、ダドリー先生が監修した北の港の検疫強化により、感染者を早期発見し隔離治療に繋げた事が功を奏したのだという。
これでまた一つ、プリシラが功績を上げるのを防ぐ事が出来たし、病による死者も出さずに済んだ。
姫殿下の事件やリンメル先生の件など不安要素も多いけど、ベアトリスは二学年の間にクリスティアンから解放されたし、イベントも着実に潰しているし、断罪回避は良い感じで進んでいるんじゃないかと思う。
そうこうしている内に、あっという間に時が経ち、いよいよ私とアイザックの婚約披露パーティーが明日に迫った。
準備の為に、私は前日である今日から、パーティーの会場となるヘーゼルダイン公爵邸に滞在させて頂いている。
以前と同じく、用意された部屋はアイザックの妻の部屋だったが、異議を唱えるのも面倒になってしまい、そのまま受け入れた。
早めの夕食を済ませた後、妙に張り切ったリーザ、ユーニス、エイダによって湯浴みをさせられる。
体や髪を念入りに洗われた私は、ベッドに寝かされてオイルを塗られ、公爵家侍女秘伝の痩身マッサージを施された。
「ギャーーッッ、痛い! 痛い!!」
「痛いのはリンパが滞っている証拠ですわよ。
もう少し我慢して下さいませ、オフィーリア様!」
いつもと同じニコニコ笑顔のまま、非情とも思える言葉を吐くエイダ。
そうしている間にも手は止まらず、脹脛の凝りを容赦なくゴリゴリとほぐしていく。
「マジで痛いんだってばぁ!」
可愛らしいはずのエイダの顔が、鬼に見えてきた。
「フィーちゃんをイジメないでよぉ!!」
パメラがエイダのスカートをグイグイ引っ張りながら涙目で訴えてくれるが、そんな小さな勇者をユーニスがヒョイっと抱き上げてしまう。
「コラ、お仕事の邪魔しちゃ駄目よ」
「ぃやーんーーっっ」
ユーニスの腕の中でジタバタしながら、私に向かって両手を伸ばすパメラの姿に、少し心が癒された。
残念ながら、痛みは全く和らがないけど。
「ありがとう、パメラ。
でも大丈夫よ。虐められてる訳じゃないの」
「ほんと?」
「本当よ。エイダは私を綺麗にしてくれるんですって」
「イタイのやらなくても、フィーちゃんはいつもキレイよ?」
やだ、なんて良い子なの?
「うふふ。ありがとう。
でも、もっと綺麗になりたいから頑張って我慢するわ」
「お嬢様、その意気です!」
私の髪にトリートメントを塗りたくっていたリーザが、良い笑顔でグッと親指を立てる。
他人事みたいなその顔が、ちょっと恨めしい。
その後はパメラを心配させない様に、悲鳴を必死に抑えながら、なんとか施術を受け切った。
エイダの魔法の手のお陰で、顎周りはかなりスッキリしたし、二の腕なんて一回り細くなった気がする。
でも地獄の様に痛かったので、もう二度と経験したくはないかな。
そうは言っても、多分結婚式の前とかには、有無を言わさず施術されるんだと思うけどね。
横になって身を任せているだけだったのに、何故か妙に疲れてしまったらしい。
その日は早い時間に床に就き、直ぐに深い眠りに落ちた。
「おはようございます、お嬢様。
婚約発表日和のとっても良いお天気ですよ」
分厚いカーテンを勢い良く開きながら、元気過ぎる声で私を起こしたのはリーザだ。
部屋の中の冷えた空気が、窓から入る日差しでほんの少しだけ和らいだ。
(婚約発表日和って、どんな日和よ?)
心の中でツッコミを入れつつ、寝ぼけ眼を擦りながらベッドを降りる。
「んん……。おはよう、リーザ」
あんなに痛いマッサージをされたので、一晩明けたら揉み返しに襲われるんじゃないかと心配していたんだけど、寧ろ体が軽くなった様な気さえする。
公爵家秘伝のマッサージ、恐るべし。
朝っぱらから再び風呂に放り込まれ、またもや三人がかりで磨かれる。
顔や髪には昨日とは違う種類のパックが塗られ、蒸しタオルでグルグルに巻かれた。
「もう充分じゃないかしら?
普段、お茶会の前日とかにされる手入れだってやり過ぎだと思うのに……」
私の為にしてくれている事だとは分かっていても、つい泣き言が零れてしまう。
「何を仰るのですかっ!
美しさは女性にとって武器であり、盾でもあるのですよ!?」
「……スミマセン」
呆れ顔のエイダに窘められて、早々に抵抗するのを諦めた。
三人の侍女達の活躍により、髪も肌も艶々になった私は、少し大人っぽい化粧とヘアメイクで更に別人の様に華やかに仕上げられた。
そして、この日の為に仕立てられたドレスを身に纏う。
アイザックの瞳の色である水色の生地に、私の瞳の色である紫色の糸で豪華な刺繍が施されたドレスは、とても上品で美しい。
(しっかり磨き上げられていなければ、この素晴らしいドレスに見劣りしてしまったかもしれないわね)
「あぁ……。とてもお綺麗です、お嬢様」
感極まったリーザが目に涙を浮かべながら、溜め息と共に感嘆の声を上げた。
子供の頃からずっと世話をしてくれているリーザは、使用人でありながら姉の様な存在でもある。
私はなんだか擽ったい気持ちになって、はにかみながら「ありがとう」と言葉を返した。




