104 久し振りのデート
「お嬢様、またアイザック様からお花が届きましたよ。
あら……、もう飾る場所がありませんわね」
大きな花束を抱えたリーザが、私の部屋を見回して困った様にそう言った。
不在中もアイザックはマメに手紙や花を贈ってくれているのだが、その頻度が高過ぎて、部屋が花で埋め尽くされそうな勢いである。
「じゃあ、それは食卓にでも飾りましょうか」
「かしこまりました。
では、こちらだけお渡ししておきますね」
にこやかに頷いたリーザは、添えられていたカードだけを私に手渡し、花束は抱えたままで部屋を出て行った。
『漸く仕事が一段落したので、来週からは学園に復帰出来そうだ。
その前に、今週末、もし先約が無ければ会いに行きたい』
蝶が描かれた美しいカードに書かれていたのは、待ち望んでいた嬉しい知らせだった。
早速、返事の手紙を出そうと机に向かったのだが───。
(でも、最近乗馬クラブに行ってなかったから、週末はトムに会いに行こうと思っていたのよね……)
アイザックとトム。
どちらも捨てきれなかった私は、アイザックを乗馬デートに誘う事に決めて、ペンを手に取った。
当日、アイザックは愛馬に乗って迎えに来てくれた。
「わぁ、素敵な馬ですね」
体が大きくて毛並みの良い芦毛の馬で、しっかりとした筋肉がついている。
速そうでもあるが、どちらかと言えば強そうって感じ。
アイザックは馬の背からヒラリと飛び降りると、少し不満そうな顔で両手を広げ、私にハグを求めた。
「久し振りに会う婚約者よりも馬に目が行くなんて、君は薄情だな」
「お仕事お疲れ様でした」
「うん。会いたかった」
腕の中に収まってポンポンと背中を撫でると、思った以上に強く抱き締められた。
私の首筋に顔を埋めたアイザックは、スンスンと匂いを嗅いでいる気がする。
また、例の『成分』とやらを摂取しているのだろうか?
「擽ったいから、そろそろやめてください」
「ん、もうちょっと……」
なかなか私を離そうとしてくれないアイザックにどうしたもんかと困っていたら、彼の馬が「ヒヒーン」と軽く嘶いた。
きっと構ってくれないから退屈になって、存在をアピールしようとしたのだろう。
「ほら、アイザック様の馬が待ち草臥れてしまいます。
早く紹介してください」
そうお願いすると、漸く腕の力が緩んだ。
「ハァ……。仕方がないなぁ」
ブツブツと言いながらも機嫌良さ気に、愛馬の肩の辺りをポンと撫でる。
「スレイプニルというんだ」
「こんにちはスレイプニル。初めまして」
声をかけながらゆっくりと近付き、鼻の近くにソッと手を伸ばす。
私の手の甲の匂いを嗅がせると、安心したのか目を細めて鼻を擦り付けて来た。
「ふふっ。可愛い」
「オフィーリアには珍しく甘えているな。
なかなか人には慣れない馬なのに」
「そうなのですか?
とても頭が良さそうですが……。まるで私達の会話が分かっているかの様です」
私がそう言うと、スレイプニルが得意気にフフンと鼻を鳴らした。
本当に人間の言葉が分かるみたいだ。
もしかしたら、さっきの嘶きも、困っていた私を助けてくれたのかも。
感謝の意味を込めて首まわりを撫でてあげると、気持ちが良さそうに擦り寄ってくる。
「なんだか妬けるな」
「どっちにですか?」
「両方だ」
拗ねた様子のアイザックが可笑しくて、私は小さく笑った。
いつも乗馬クラブまでの移動は馬車を使っているのだが、今日はアイザックと一緒にスレイプニルに乗せてもらう。
背中に跨ると、トムに乗った時よりも明らかに視界が高くて、少し驚いた。
二人で馬に乗るというのは、乗馬を始めたばかりの頃、講師と一緒に乗った時以来だが、『婚約者と』だとちょっと照れ臭いものがある。
よく考えたら、バックハグされているみたいな体勢だもんね。
「晴れて良かったですね。絶好の乗馬日和」
「ああ、そうだな」
「アイザックがトムに会うのは初めてですよね。
スレイプニルもお利口さんですが、トムも負けないくらい頭が良いんですよ」
「そうか、楽しみだ」
ドクドクと早く脈打つ心臓の音を誤魔化す様に、いつもより饒舌に話した。
そんな私に気付いているのかいないのか、アイザックは嬉しそうに短い相槌を返す。
そんな風に穏やかに、久し振りのデートは幕を開けた。




