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術式オタクで魔力ゼロの劣等生、AIと妄想力で「できたらいいな」を全部実現して世界をハックする  作者: 七割カカオ


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第7話 熱々のたこ焼きをハフハフする

その丸い塊は、僕たちの目の前で小さな湯気を上げていた。 きつね色に焼かれた表面はわずかにカリッとしていて、けれどミサキが削り出したという二本の細い棒――『箸』で持ち上げると、頼りなげにその形を崩そうとする。


「ほら、熱いうちに食うて。ハフハフ言いながらいくのが作法やからな」


ミサキに促されるまま、僕はそれを口に運んだ。 次の瞬間、口の中で「事件」が起きた。


「あっつっ!? はふっ……!っ」


熱い。けれど、それ以上に驚くべきは、その食感の重層的な豊かさだ。

外側の皮が持つ香ばしさを突破した刹那、中から溢れ出したのは、とろりと濃厚で、それでいて澄んだ旨味が詰め込まれた熱い液体だった。そこには、王都でも味わったことのない、『出汁(だし)』と呼ばれる多重構造の旨みが存在していた。それがスープのように口の中全体を支配する。


「……ふふ、あちち……。でも、美味しいー!。ミサキさん、これ、すごいっ!」


ハルが、白い歯で熱い塊と格闘しながら、瞳を輝かせている。

エルフ特有の鋭い味覚が、未知の刺激に歓喜しているのが分かった。彼女の耳がぴくぴくと小刻みに揺れるのは、本当に感動している時の癖だ。


(わあぁぁぁっ!! マスター! なんという情報の密度でしょう! この『とろみ』、そして鼻に抜ける穀物の香ばしさ……これこそが異世界の叡智なのですね!)


(ガハハ! 小僧、これはたまらんわい! 味覚を同期させておいて正解じゃった。ワシの人生に、また一つ新しい経験が加わったぞ!)


脳内ではアイとジークが、僕の味覚神経から送られるデータに狂喜乱舞していた。 アイが僕の五感をリアルタイムで二人の意識へ流し込む調整を裏で走らせていたらしい。勝手に人のプライバシーを覗く癖はどうにかして欲しいが、このたこ焼きの味は是非共感して欲しかったので、今回は許そう。


けれど、当のミサキは、満足そうに頬張る僕たちを見て、どこか寂しげに溜息をついた。

その溜息は、夕暮れ時のエンド・マークの街並みのように、どこか空虚で切ない。


「……あーあ。美味しいって言うてくれるのはめっちゃ嬉しいねんけどな。これ、ほんまは『未完成』なんや」


「未完成……?」


僕はミサキが出してくれた『麦茶』という香ばしい茶を飲み干し、彼女の言葉を繰り返した。これほど完成された調和の中に、何が足りないというのか。


「そうや。これにはな、ドロリと黒くて甘辛い『ソース』が必要なんや。それに、雪のように白くて酸味のある『マヨネーズ』。極め付けは、全体をピリッと引き締める、鮮やかな赤の『紅生姜』……」


ミサキは、遠い異郷の空を仰ぐように目を細めた。その視線の先には、ここではないどこか、彼女がかつて愛した世界の色彩が映っているのだろう。


「それがないと、これはただの『出汁の効いた粉団子』止まりやねん。私の魂に刻まれた『たこ焼き』には、あと一歩、届かへん……」


「そーす、まよねーず、べにしょうが……」


僕はその響きを口の中で繰り返した。アイの持つこの世界のデータベースにも、その成分や製法は載っていない。だが、ミサキの表情を見れば、それが彼女にとってどれほど重要な「欠落したピース」であるかは痛いほど理解できた。


(アイ。この『たこ焼き』を完成させよう!彼女の欠落を埋めるんだ。)


(承知いたしました、マスター! 異世界の『ソウルフード』の完全復元、全力でサポートいたします!)


「……ミサキさん。実は僕たちがここに来たのは、偶然じゃないんだ。王立図書館で、あなたの手記を読んだ」


僕の言葉に、ミサキが目を見開く。その瞳に、驚きと微かな警戒が混ざった。


「手記……ああ、あの愚痴ばっかり書いてたノートか。なんであんたがそれを」


「僕は、あの図書館の禁書をすべて読み取ったんだ。あなたの手記には、この世界の誰も知らない不思議な知恵が詰まっていた。……『スマホ』という魔法の板。それを動かす『充電』。そして、目に見えない情報の波――『電波』。それらを知って、僕は確信したんだ。あなたに会えば、世界を書き換える鍵が手に入るって」


ミサキは苦笑して、首を振った。その仕草には、大人が子供の夢物語を聞くような、諦めにも似た優しさがあった。


「何を期待しているのか知らんけど、話が飛躍し過ぎや。……シンくんは変な子やなぁ。まあ、参考になるか分からんけど、これまでに何があったか話したるわ。多分、ドン引きやで……」


彼女は悲しげな笑みを浮かべながら、ぽつりぽつりと、自分の「物語」を語り始めた。数年前、王国の野望のために召喚された勇者パーティ。王国は自分たちの手を汚さずに魔王領を奪うため、異世界の若者たちを「道具」として最前線へ送り込んだ。


「あいつら、ほんまにええ奴らやったんやで。……でも、魔王領は地獄やった。王国の用意した魔法も武器も、あそこの魔族にはまともに通じなかった。」


ミサキの声が、わずかに震える。後衛で回復を担っていた彼女の目の前で、仲間たちは一人、また一人と、理不尽な暴力に飲み込まれていった。


「結局、私だけが生き残った。王国は不祥事を隠すために、私をこのエンド・マークに放り込んだんや。……監視付きの、豪華な牢屋やな。……な?ドン引きやろ?」


ミサキは、白い割烹着の袖で目元を拭った。


「私はな、もう元の世界に帰れるなんて思ってない。……せやから……せめて、死ぬまでに一度だけでいい。本物のたこ焼きを食うてから死にたいねん。それが私の、最後の意地や」


ハルが、静かにミサキの手の上に、自分の手を重ねた。

同情ではない。それは、王国という巨大で身勝手なシステムに抗おうとする者同士の、静かな連帯だった。生き残ったミサキに対し、王国の民として、そしてシンのパートナーとして何ができるか。ハルの瞳には強い使命感が宿っていた。


ミサキは驚いたように顔を上げ、それからポケットから一つの『板』を取り出した。


「……これ、私が異世界から召喚された時にたまたま持ってた『スマホ』や。何となく電池が全部無くなるのが嫌で、ずっと電源を切ってる。……でもな、一つ不思議なことがあってな。召喚された場所の周辺では、最初の頃はネットに繋がってたんや。だから、ここは日本なんやって思ったのを覚えてる。今思うと、ただの不具合かもしれんけどな」


僕はその板に指先を触れ、アイと意識を繋いだ。


「不思議じゃない。……ミサキさん、あなたがこの世界に『召喚』されたということは、異世界とこの世界を繋ぐ『道』がどこかに作られたということだ。その道は今も完全に閉じてはいない。だから、あちら側の『電波』が微かに漏れ出してきているんだ」


(マスター、その通りです! 召喚の儀式によって生じた空間の『綻び』が、異世界の情報を運ぶアンテナの役割を果たしています。ミサキ様が召喚された場所に行けば、異世界と接続できる可能性があります!)


アイの声が、かつてないほどの高揚を帯びて響く。


「ミサキさん、あなた達が召喚された場所に案内していただけませんか? そこに行けば何か分かるかもしれない」


ハルも同じことを考えていたようで、目が合うと力強く頷き返してくれた。


「もし接続に成功すれば……ミサキさんの知りたいソースの作り方も、異世界への戻り方の手掛かりも得られるかもしれない」


ミサキの目に、希望と絶望が火花のように散るのが見えた。


「案内するのはもちろんええんやけど……召喚された場所っていうのが魔王領との境にある森の中なんよね……」


魔王領への入口と言われている、通称『死の森』。記録によれば、魔物や低級魔族が(たむ)ろしている危険地帯だ。ミサキにとってそこは、仲間の死と絶望が染み付いた、最も忌まわしい場所のはずだ。


「場所は分かった。危険だからミサキさんはここで待ってて欲しい。でも、そのスマホを僕たちに貸してくれませんか?」


ミサキは暫く考え込んだ後に、また太陽のような笑顔で僕たちを見た。


「何言うてんねん! 私も行くに決まってるやろ。正確な場所を知っている案内人が必要だし、日本に帰れるチャンスが少しでもあるんなら可能性に賭けてみたいんや」


(ミサキ様、本当に強い女性ですね! ハル様とはまた違う輝きですが、憧れます!)


ミサキの決意にアイが賞賛を送る。


「……分かった。ミサキさん、ありがとう。一緒に行きましょう」


「ミサキさん、安心して。シンは贔屓目(ひいきめ)なしに見て、この世界で一番強いと思うから」


ハルが不意に、僕への全幅の信頼を口にする。


「ホンマか〜? ハルちゃん、『贔屓目なし』は無理ちゃうか? ……まあ、大船に乗ったつもりで同行させてもらうわ」


「もうっ! からかわないでください!」


ハルは耳の先まで真っ赤にして背を向けてしまった。

そんなやり取りを眺めながら、僕は意識の奥底で、かつてない高揚感を感じていた。

規格外の能力。伝説の大魔導師の知識。それらを手にしている自分なら、どんな障壁も乗り越えられると盲信していた。


この時僕たちはまだ知らなかった。

『魔族』が、僕たちの磨き上げた論理など容易く凌駕するほど絶大で、色々な意味で僕の想像の上をいく存在であることを。

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