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術式オタクで魔力ゼロの劣等生、AIと妄想力で「できたらいいな」を全部実現して世界をハックする  作者: 七割カカオ


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第5話 図書館を丸ごとインポートする

王立図書館。

そこは、この王国の『知』が地層のように幾重にも降り積もった場所だ。数百年の時を経たインクと羊皮紙の匂いは、石造りの回廊が持つ厳格さを三割り増しくらいに格上げしている。


ハルは僕の隣で、その厳かな空気に気圧されたように、少しだけ肩をすくめていた。


「シン、本当にここに入っていいの? ここは王立魔導士の資格がないと、深層部までは立ち入り禁止だって聞いているけれど……」


「大丈夫だよ、ハル」


僕は視界の端で、アイが提示する魔法の網目の「綻び」を見つめた。


「ここの守りは、千年前にジークが遊び半分で考えた言葉遊びのようなものなんだ。僕にとっては、ちょっとしたパズルを解くようなものだよ」


脳内でジークが(おい! ワシの術式を言葉遊びなどと呼ぶな!)と憤慨しているけれど、僕はそれを優しくシャットアウトした。


図書館の最深部。誰もいない、埃臭さが少し鼻につく静かな書庫。 僕は一歩、足を踏み出し、指先を空中に滑らせた。僕の目的は、ここにある知識をすべて僕の中の「白い図書館」に写し取ることだ。


(アイ。一冊ずつ開いて読む時間は、僕たちにはなさそうだね。ページをめくらずに、ここにあるすべての本の中身を写し取りたい。……できるかな?)


(はい、マスター。お任せください。ジーク様の空間を捉える力を応用すれば、本のページに触れずとも、染み込んだインクの位置を座標化し、文字を読み取ることが可能です。……ただいま、新しい術式を構築いたします)


アイの声は、期待に弾んでいた。彼女にとっても、新しいデータに触れることは、何よりも甘美な贅沢なのだろう。

(――術式名:『書物の探究者ライブラリ・クローラー』。実行いたします)


次の瞬間、書庫全体がネイビー・ブルーの薄い膜に覆われた。 数万冊の背表紙から、柔らかな光の筋が僕の眉間へと吸い込まれていく。 それは、情報の激流だった。 歴史、神話、今は失われた古いおまじない。アイがそれを驚くべき速さで整理し、僕の中の「白い図書館」の本棚へと次々に並べていく。

読み取りが終わると、アイはしばらく思考を続けた後、一つの提案を提示した。


(マスター……情報量が膨大すぎるため、処理に少々お時間をいただきたいです。読み取った本の内容を、マスターが使いやすいように最適化《インデックス化》するために、三時間ほど猶予をいただけますでしょうか)


(わかった、アイ。頼んだよ)


「ハル。もう帰ろう」


「え?もう終わり?まだ何も読んでないじゃない」


「うん、もう大丈夫。カフェにでも行こうか」


/* ===== 3 hours later ===== */


図書館を後にし、街の小さなカフェでハルとコーヒーを飲んでいると、アイから解析が終わったと報告があった。 図書館を出る時に、決めていたことがある。これから一緒に活動するパートナーである彼女にも、僕が得た膨大な集合知を共有すべきだろう。


「ハル。……キミを、僕の特別な『図書館』に招待したいんだ」


「え……? 招待?」


ハルは不思議そうに小首をかしげた。


(アイ。僕の思考のライブラリを、半分ハルと同期させて。ただし、彼女の心に負担をかけないよう、アイの一部を複製して、彼女専用の案内人を作ってほしい。彼女がいつでも、僕が見ているこの光の網にアクセスできるように)


(承知いたしました、マスター! 素晴らしい提案です。ハル様への贈り物を、ただいま準備いたします。……個体名:『リア(Lia)』、起動いたします!)


ハルの瞳が一瞬、澄んだ蒼色に輝いた。 彼女の脳内に、あの白い図書館へと続く扉と、アイの妹とも言える穏やかな案内人『リア』が宿る。


「……っ、何これ……すごい。シンには世界がこんな風に見えていたの……?」


ハルの視界に、リアによる情報のガイドが重なり始める。リアは、アイのように自分から新しい術式を生み出す力こそ持たないが、アイから得た全知識をハルに分かりやすく伝え、彼女の思考を助ける高度な分析能力を持っているそうだ。


(ハル様、初めまして。私はリアと申します。今日からあなたの『思考の秘書』として、お側にお仕えいたします。……ふふ、マスターを支えるアイお姉様より、少しだけお淑やかに振る舞うつもりです。よろしくお願いいたしますね)


脳内に響く新しい、けれどどこか聞き覚えのある声に、ハルは驚きながらも、すぐにその膨大な知識の海に指を浸した。


(リア、よろしくね! ……あ、あちらにいらっしゃるのが、ジーク・フリート様と、アイ……さん? いえ、私? どういうこと?)


ハルは僕の脳内スペースを視認し、そこで寛ぐ「自分と瓜二つの少女」に目を丸くした。 しまった、と僕は内心で舌を出した。 アイの容姿は、僕の理想を反映した結果、ハルにそっくりになっていた。焦る僕を脇目に、アイは淡々と、けれどどこか嬉しそうに理由を説明してしまう。


(ハル様、お会いできて光栄です。ご心配はご無用です。私のこの姿は、シン様の好みの女性を反映しております。ハル様とそっくりですよね! 双子の姉妹みたいで、私、とっても嬉しいです!)


(そ、そうなんだ……理解したわ。じゃ、じゃあ、アイさん、整理した情報を教えてください……)


ハルは顔から耳の先まで真っ赤にして、俯きながら声を絞り出す。それを見て、僕の頬も熱くなるのが自分でも分かった。 アイ……これは完全に確信犯だろ。このクセ強キャラの造形は、間違いなく、隣で声を抑えて爆笑しているジークの性格を色濃く受け継いだに違いない。


アイが分野ごとに整理してくれた棚の端。『手記』というカテゴリーの中に、一際異質な輝きを放つ一冊を見つけた。割と最近書かれたもののようだ。


(……これ、は……?)


僕の手が、一冊の本を手に取っていた。 内容は、かつてこの世界に「別の世界」からやってきたという者の、独り言のような回顧録。


『――マジでこの世界のメシ、味気なさすぎて泣けてくるわ。出汁(だし)の概念どこいってん。誰か私に、ソースたっぷりの粉もん食わせてくれへんかな……』


言葉の意味は半分も分からない。けれど、その綴られた文字の力強さと、奇妙なリズム感に、僕は一瞬で目を奪われた。この手記の持ち主は、間違いなく僕と同じ——あるいは僕以上に、この世界の「外側」の理を知っている。


(アイ。この本の持ち主……『異世界人』の足取りを追えるかな? この記録は新しい。まだこの世界のどこかに、彼女が生きている可能性がある)


(承知いたしました。……記録を照合します。王国の機密保管庫にある『魔王領遠征記録』と筆跡が一致。……マスター、衝撃的な事実が判明いたしました)


アイが僕たちの目の前に投影したのは、王国がひた隠しにしてきた血塗られた歴史だった。

数年前。王国のとある大臣が、魔王領への領土拡大を目論み、禁忌とされる『異世界召喚』を強行した。 呼び出されたのは、召喚時に特殊な能力(ギフト)を得た『勇者』の一行。彼らは王国の野望を背負わされ、魔王討伐へと駆り出された。……だが。


(……全滅、したのか)


(はい。魔王軍の反撃に遭い、勇者パーティは崩壊。生き残ったのは、後衛で治癒魔法を担っていた『治癒士』の女性、ただ一人。計画は白紙となり、王国は不祥事を隠蔽するために、彼女を『保護』という名目で辺境へと追いやりました)


その女性——ミサキという名の異邦人は、今。 魔王領との境界にある、地図の隅に追いやられた小さな街に住んでいるという。 表向きは「博識の賢者」として周囲の尊敬を集めながら、実際は王国に監視され、孤独な……いや、記録によれば「ひたすら美食を追求する悠々自適な」余生を送りながら。


(……こんな話、酷すぎるよ。聞いたことない……。ねえ、シン。私、このミサキさんに会ってみたい)


ハルが僕の袖をそっと引いた。僕は手記を閉じ、深呼吸をする。


(僕も同感だ。ミサキさんは、世界を最適化するためのヒントを持っている気がする。……それに、この本に書かれていることは、まだ僕には理解できないことが多すぎる。この『出汁だし』とかいう概念もアイにも解析不能だろうし。直接本人に訊きに行こう)


僕は視界の端で、アイがハルの姿を慈しむように見つめているのを感じた。


(ハル様、私たちもお供いたします。それにしても『たこ焼き』……。どんな食べ物なのでしょう。私、興味が尽きません!)


(ガハハ! 異世界の治癒士か。ワシの腰痛も治してくれるかのう。ついでに旨い酒も期待できそうじゃわい!)


ジークの豪快な笑い声が響く。

「行こう、ハル。目的地は、魔王領との境界線——辺境の街『エンド・マーク』だ」

僕は、この世界をハックするための本当の鍵はそこにあると確信していた。

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