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術式オタクで魔力ゼロの劣等生、AIと妄想力で「できたらいいな」を全部実現して世界をハックする  作者: 七割カカオ


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第4話 秘密を打ち明けてリスタートする

夜の帳が下りた川沿いの公園は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。 この川の水は、王都が誇る最新の浄化魔法——いわば最高級の『クリーン・フィルタ』——によって、そのまま飲めるほど澄んでいる。


水面を滑る風は少し冷たく、初夏の気配を孕んでいた。 暗がりのあちこちで、淡い緑色の光の粒子が宙を舞っている。蛍だ。 ここは王都でも指折りのデートスポットとして知られているけれど、今夜の僕には、そんな甘い空気に浸る余裕なんて微塵もなかった。


(……マスター。心拍数が上がっておりますよ。もう少しリラックスなさってはいかがでしょうか?)


脳内でアイが、心配そうな、それでいてどこか楽しそうな声で囁く。


(そうじゃぞ、小僧! 若い娘を夜道に呼び出しておいて、その仏頂面は何事じゃ。ワシが若い頃なら……)


【プライバシー・フィルタ、起動】


僕は意識の底でシャッターを下ろした。 うるさい居候たちをシャットアウトして、ようやく静寂を取り戻す。 僕の目の前には、蛍の光に照らされたハルが立っていた。彼女は僕の顔をじっと見つめ、何かを察したように、長い耳を小さく震わせる。


「シン、話って……何?」


僕は、彼女にすべてを打ち明けることに決めた。この話は誰にも聞かれてはいけない。僕たち2人を周囲から隔離するため、こっそりと透明な結界を張った。もちろん、この結界はアイに生成してもらったオリジナル術式だ。


それから、僕はハルに、包み隠さず今の『僕』の状況を伝えた。祠で起きたこと。僕の脳内に住み着いた二人の異分子のこと。そして、僕が手に入れた「ゼロから無限を紡ぐ」禁忌の力。


/* ===== 30 minutes later ===== */


「……マ、マナを取り込んだの? それに、大魔導師様と……その、アイっていう女の子が、シンの中に……」


ハルの声は、絶叫ではなく、静かな驚きに濡れていた。 無理もない。魔力を持たないはずの劣等生が、精霊だけのものとされていたマナをエネルギーとし、常時身体強化を施して超人化しているなんて、学園の教科書を千回読み返しても載っていない話だ。


僕は、彼女に嘘を吐きたくなかった。 けれど、一つだけ——アイのビジュアルが、少しだけ大人びたハルに似ていることだけは、胸の奥の『非表示フォルダ』に隠しておくことにした。


ハルはしばらくの間、視線を川面に落として黙り込んでいた。 流れる水の音だけが、僕たちの間の沈黙を埋めていく。 嫌われても仕方ない。気味悪がられて、今日を最後にハルが離れていってもおかしくない。僕は最悪のシミュレーションを頭の中で走らせていた。


「信じるよ、シン」


ふいに、ハルが顔を上げた。 その瞳は、浄化された川の水よりも透き通り、まっすぐに僕を射抜いた。 あまりに穏やかな、それでいて揺るぎない全肯定。


「……疑わないの? 証拠だって、まだ見せていないのに」


「わかるよ。シンがそんなに真剣な目をして、私に嘘を吐くわけないもの。それに……」


ハルは一歩、僕に歩み寄る。その動きに迷いはなかった。


「……この話、本当は誰にも言えない、秘密なんでしょ? それを私に打ち明けてくれたことが、何よりも嬉しいの。シンから感じるこの不思議な空気……。以前、私の故郷の深い森で精霊を見た時の感覚に似てる。それが『マナ』なんだね」


流石は学園2位のエルフだ。彼女の感性は、僕の理屈よりも早く真実に触れていた。

ちなみに、学年2位とはあくまでも筆記試験の話だ。魔法の実技では彼女は圧倒的1位。僕は最下位。総合力においては彼女が学園トップなのである。


「もう一つ。…… 私たちの周り、今、誰も近づいてこないし、声も外に漏れてない。……無詠唱で、しかも一瞬でこんな透明な結界を組めること自体が何よりの証明でしょ」


「全部正解だ。ハルは、凄いね」


「当たり前でしょ。シンのことは、世界で一番見てるんだから」


ハルは少し照れくさそうに笑い、それから真剣な眼差しに戻った。


「ということは……シン。大魔導師様は、そこにいらっしゃるのね?」


「……ああ、今頃はソファでふんぞり返ってると思うよ」


「失礼なことを言わないで、シン!」


ハルは僕を(たしな)めると、その場でしなやかに膝をつき、祈りを捧げるような深い礼を捧げた。


「畏れ多くも……大魔導士ジーク・フリート様。私は、王立魔導学園のハルと申します。学園での学びを通じて、あなたの偉大なる術式にどれほど救われてきたか……。こうしてお声を届ける機会をいただけたこと、エルフの一族として、何より一人の魔導士として、終生の光栄に存じます」


透き通るようなハルの声が、夜の公園に響く。

その凛とした、それでいて深い敬意の込められた自己紹介に、脳内は一瞬でパニックになった。


(ハル様! なんてお(しと)やかで、なんて美しい礼節をお持ちなのでしょう! 素敵すぎます!)


アイがこれまでになく興奮した様子で、僕の脳内に拍手の音を鳴り響かせる。


(なんと出来た娘じゃ……。おい、シンよ。お前にはもったいないな。この娘の反応を見たか?これが正解じゃ。 アイ、シンがワシを初めて見た時の反応を覚えているか?)


(はい……『証拠は?』と仰ってました……)


魔力ゼロの僕に魔導士の自覚はない。だから正直、これまでジーク・フリートに敬意を払ったことはなかった。


(おい、お主の思考……漏れ伝わっておるぞ……)


厄介だな。思考共有のコントロールを早くマスターしないと。ハルは言葉を続ける。


「ジーク・フリート様に伝わったかな? ……それで、シンはこれからどうしたいの?」


「僕は、この世界を『最適化』したい。美しくて、不自然なノイズのない世界に。そして、そんな世界で綺麗な魔法術式を心置きなく鑑賞したい。だから、まずは世界をこの目で見ようと思うんだ。旅に出るよ」


「そっか……。最終目的が術式鑑賞のためなんて、シンらしいね。その力を手にしたのがキミで良かった。他の人だったら、きっと世界を壊して終わっていたかもしれないもの」


彼女の言葉には、僕の背中をそっと押す、確かな温度があった。 僕はハルを家まで送り届けた。 「一緒に行こう」という言葉が喉元まで出かかったけれど、結局飲み込んでしまった。彼女には学園での輝かしい未来がある。僕の勝手な旅に、彼女を巻き込むわけにはいかない。


「3日後の朝。またここで会えるかな。出発する前に、顔が見たいんだ」


「わかった。……じゃあ、3日後の朝に」


/* ===== 3 days later ===== */


約束の日の朝。 僕は必要最低限の荷物を背負い、夜明けの光に染まる公園へと向かった。

ハルは、もうそこにいた。けれど、彼女の姿は僕の予想を遥かに超えていた。見慣れた制服ではなく、丈夫な革の旅装。そして、自分の背丈ほどもある大きなリュックを背負って、彼女は朝日を背に立っていた。


「シン、おはよう。……遅かったね」


「おはよう、ハル。……って、その荷物は何?」


「何って……決まってるじゃない。私も行くの。旅に」


ハルは穏やかに、しかし絶対に譲らないという強い光を瞳に宿して微笑んだ。


「学園にはもう退学届を出してきた。先生たちは止めたけど、私の心はもう決まっていたから。これからも一緒に行動するって、あの時約束したでしょ?」


僕は文字通り絶句した。王立魔導学園のエリートが、将来の約束された地位をあっさりと放り投げ、僕についてくることを選んだ。彼女のフットワークは、僕の想定よりも遥かに軽やかで、力強かった。


(ハル様っ!なんて素敵なお覚悟でしょう! マスター、愛されていますね! 素晴らしいです!)


(ガハハ! 最高の相棒じゃな! 旅の門出にふさわしいわい!)


脳内のノイズが、今日一番の騒がしさで鳴り響く。 アイの声には、これまでにないほど瑞々しい興奮が混ざっていた。うるさい。


【プライバシー・フィルタ、起動】


(えーー!またですかーー!)

(いいところで遮断するなと言ったじゃろう!!)


今、この瞬間のハルの美しさを、誰にも邪魔されたくなかった。


「ハル。……ありがとう。本当は、僕の方から一緒に行こうって言いたかったんだ」


「えへへ、知ってるよ。シンは優しいから、言い出せないだろうなって思ってた」


ハルは僕の手をそっと握った。


「行こう、シン。キミが書き換える世界を、私が一番近くで見届けてあげる」


僕は、彼女の手を握り返し、心に誓った。 この少女を、何があっても守り抜くと。


こうして、僕たち二人の——いや、脳内の居候を含めた四人の、世界をハックする旅が始まった。

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