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術式オタクで魔力ゼロの劣等生、AIと妄想力で「できたらいいな」を全部実現して世界をハックする  作者: 七割カカオ


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第10話 魔族にアクセプトされる

ハルと別れ、馬車が『死の森』を抜けて魔王領へと入る境界線。 どんよりとした湿った空気が一気に霧散し、代わりに驚くほど澄んだ、そして濃密なマナの気配が肌を刺した。境界を越えた瞬間、まるでそこで季節が切り替わったかのような空気の変化に思わず目を見張った。


僕は、隣で落ち着かない様子でスマホをいじっているミサキさんに声をかけた。


「……ミサキさん。これからの旅の前に、ちゃんと話しておかなきゃいけないことがあるんだ」


「なんや、改まって。……もしかして、また隠し事か? まあ今更何を言われたって驚かんけどな」


ミサキさんは冗談めかして言ったが、その瞳には真剣な色が混じっていた。ハルがいなくなり、指名手配犯となった今、もはや人間界の常識や僕の「正体」を彼女に隠し通す意味はない。これからの戦いには、彼女との完全な信頼関係が不可欠だ。


僕は、最初の結界の解除から、自分の脳内に宿る補助知性『アイ』の存在、そして僕の脳内に同居している大魔導士ジーク・フリートのことまで、すべてを打ち明けた。


「……はぁ!? 脳内に高性能な知能と、伝説の大魔導士!? あんた、それ、要素詰め込みすぎやろ! ラノベの主人公でももうちょっと設定絞るで! ……って、驚いてもうたやんっ!」


「ラノベとかまだよく分からないけど、確かに僕もそう思う。いろんな場面で二人に助けてもらっているんだ」


「まぁええわ。あんたが人間充電器やった理由も分かったし。……っていうか、ハルちゃんがいなくて寂しいけど、あの子のところにいる『リア』ともう連絡は取れへんの?」


(アイ。どうかな?)


(マスター。リアとは以前、通信の仕組みを同期させています。エルフ王国の防壁をすり抜けるほど微弱な魔力の波を使って、連絡を取り合う方法を試しています。成功すれば、手紙のような形で文字のやり取りはできるかもしれません)


「――だって。時間はかかるかもしれないけど、アイなら実現してくれるかもしれない」


「なるほど。メル友みたいなもんか……それはそれでエモいな! それやったら、ウチのスマホからもメッセージ送れるようにしてや。ハルちゃんに寂しい思いさせたくないしな」


「あ……もしかしたら、ハルの中にリアを存在させたように、ミサキさん用のパートナーを作り出すことができるかも……」


「えーマジかー! めっちゃおもろそうやんっ!」


(アイ、できるかな?)


(はい、可能です。ただ、それ以上増やすと私の演算能力が低下するため、これが最後の一人となりますが……ミサキ様でよろしいでしょうか?)


(ああ、いいよ。最後の枠なら、なおさら異世界人のミサキさんが適任だと思う)


(承知しました。では、さっそく異世界の知識を活用し、ミサキ様と相性の良さそうな人格を生成します。……完了しました)


ミサキの頭の中に新しい意識が芽生え、アイから共有された情報が視覚野に重なる。


「うわっ! すごっ! ARゴーグルかけてるみたいや! ……ん? 誰か話しかけてくる……」


「あ、それがミサキさんのパートナーだと思う」


(はじめまして。ミサキ。あたしはエマ。今日からあんたのパートナーや。エマ姉さんとでも呼びや)


「シンくんっ! 何でこいつ関西弁なん?! しかもコテコテの関西弁を話すのに『エマ』って何やねん!」


(あらあら、ミサキは元気やわぁ。若いっていいわねぇ)


(若いって……そう言うあんたは何歳やねん! いや、ツッコむの疲れたわ……もうええわ。エマ、よろしくな)


ミサキさんとエマのやり取りがひと段落したところで、僕はアイに頼み、魔族の言語を理解するための『常時翻訳の術式』を構築してもらった。僕とミサキさんの耳と喉に薄い魔力の膜を張り、意識せずとも魔族と言葉を交わせるようにするためだ。


魔王領へと進む馬車の中、アイが静かに報告を上げた。


(マスター。現代日本との接続、およびデータの初期分析が完了しました)


(ありがとう。お疲れ様。ミサキさんの世界の情報を手に入れたのか?)


(はい。ただ、先日ご報告した通り、向こう側の情報はあまりにも膨大すぎるため、まずは情報を『整理』し、探しやすくするための『目次』を作ることに注力しました。それと、この世界でいうところの学園で学ぶレベルの一般教養はすでに私の記憶の中に整理してあります。これなら、ネットに繋がなくてもすぐに呼び出せます)


(なるほど。基本的なことはアイが覚えていて、もっと専門的なことが知りたくなったら、その都度日本から探して持ってくる、という形か)


(その通りです。ノイズの多い情報の海から、今の状況に最適な答えを見つけ出す仕組みも整えました。……これで、異世界の進歩した知識と、この世界の魔法を組み合わせた新しい術式を作る準備が整いました。もはや、たこ焼きを完璧に再現することすら通過点に過ぎません)


アイの報告に、僕は身震いした。単に検索ができるようになったのではない。異世界の知識とこの世界の魔法が結びつこうとしているのだ。これまでにない化学反応を起こせるかもしれない。


果てしなく続く断崖の中央にある巨大な門。ここが魔王領の玄関口なのだろう。もし人間界に現れたら、厄災級と呼ばれても違和感が無い巨大なドラゴンが2頭、門の左右に静かに鎮座している。番犬のような感覚なのだろうか。この門から侵入するのはどう考えても自殺行為だ。


その2頭のドラゴンの前に、魔王幹部オニキスが数名の部下を連れて出迎えてくれていた。事前に僕たちが魔王領に向かっていることに気付いていたのだろう。


「よく来られたな、シン殿、ミサキ殿。……歓迎しよう。我が主が治める、魔族の地へ」


オニキスに導かれ、僕たちは魔王領の光景に圧倒された。そこには、人間界のような煤けた煙突も、石造りの窮屈な家並みもない。豊かな自然と共生するように、幾何学的な紋様が刻まれた白亜の建物が整然と点在している。驚くべきは、その生活の質だ。魔族は個々人が潤沢な魔力を備えているため、わざわざ巨大な工場や『魔道具』に頼る必要がない。調理も掃除も、移動ですら、無駄の無い洗練された術式で行われている。


そして、アイが周囲から集めたデータによれば、この地の文化は人間界とは根本的に異なっていた。


(マスター。この国の魔法は、非常に合理的な仕組みで進化しています。年に一度、魔王の前で新しい術式を披露する大会があり、優れた発明をした者には名誉と多大な褒美が与えられます。そして、その術式の仕組みは、すべての民に完全に公開されるのです)


(公開される……? 独占しないの?)


(はい。知恵を共有することこそが進歩の鍵である、という魔王の方針です。誰でもトップレベルの術式を学べ、さらにそれをベースに誰かが改良を重ねる。この『みんなで作り上げる文化』により、魔法の進化速度は人間界とは比較になりません)


僕は背筋が寒くなるのを感じた。人間界が『禁書』として知識を閉じ込め、数百年停滞している間に、魔王領は知識を分かち合うことで遥か先へ行っていたのだ。


(確認しましたが、マスターが人間界で使っていた『術式の穴』は、こちらでは数十年前にすでに見つけられ、対策が済んでいます。ここでは既存の仕組みの隙を突くのではなく、真っ当に最新の術式を書き上げる実力が求められます)


「これまでのやり方は、ここでは通用しないってことか。でも、本場の術式をじっくり鑑賞する必要があるね」


人間界トップの魔導士が持つ魔法を持ってしても、ここでは旧時代の遺物に過ぎないということだ。だが、僕には今、アイが整理してくれた異世界の叡智という『引き出し』がある。これを魔族の最新魔法に組み合わせれば――。


魔王城へと案内された僕たちは、オニキスに現状を説明した。カエルさんたちの処刑、王国の裏切り。オニキスは王国の行動を鼻で笑い、僕たちの受け入れを快諾してくれた。


「ククク……相変わらず人間どもは愚かだな。真実を語る者を殺し、自ら進化の芽を摘むか。……シン殿。君たちは今日から、我が主の客分、あるいは『協力者』だ。王国の軍など、この地には一歩も踏み込ませぬ」


さらにオニキスは、僕を真っ直ぐに見据えた。


「シン殿。君には大きな可能性を感じる。君の思考や強い意志は、停滞した人間界のどれよりも我々魔族に近い。……君が本当の意味で魔族と人間の架け橋になるというなら、我らも全力を貸そう。実は、我が主……魔王様も、君に会いたがっておられる」


「魔王様が……僕に?」


「ああ。柔軟な発想と探究心、それに、君はマナを扱えるのだろう?そんな特別な存在である君に、魔王様は非常に興味をお持ちだ。……最後に、一つ質問させてくれ。……君は強くなりたいか?」


オニキスは、僕の気持ちを完全に見透かすかのような問いを投げかける。当たり前だ。その為にここまで来た。


「……はい。強くなりたいです。大切なものを守る力が欲しい……」


「承知した。迷いの無い、良い眼をしている……。真の『力』を求めるのならば、強くなるための修行を望むのであれば、三人の『師』を用意しよう。魔王軍の術式を極めた魔導の師、人知を超えた技を持つ武術の師、それから戦術の師だ。魔王領の術式を基礎から学び直すがよい。君のその知識をどう魔法に組み込むか、私としても興味深い」


厳しい修行になりそうだが、これまでの「裏技頼み」ではない、本物の力が手に入る予感がした。


「修行の準備が整うまで、まずはミサキ殿の同郷の連中に会うがいい。……君たちと同じく、王国の不条理に巻き込まれ、我らが保護した者たちだ」


オニキスが重厚な黒曜石の扉を開く。その先、風が吹き抜ける広々としたテラスで、数名の若者たちが食事を囲んでいた。彼らは一瞬、誰かが来たことに驚いたようだったが、その中にいた一人の青年が、持っていたカップを落とした。


「……え、ミサキ……? ミサキなの!?」


中心にいた、精悍な顔立ちの青年――蓮が、信じられないものを見るように目を見開く。


「……蓮! 蓮なん?! ほんまに生きてたんか!!」


ミサキが、我慢していた感情を爆発させるように駆け出した。


広場で抱き合う彼らの姿を眺めながら、僕は小さく息を吐いた。


ほんの数日前までは、未来に何の期待も抱かない無気力な学生だった。それが今は、指名手配犯として学園を追われ、あろうことか魔族の地で「魔王軍」最強の師たちに入門しようとしている。


ここから、僕の新たな挑戦――世界を『書き換える』ための戦いが始まるのだ。

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