第11話 お互いの過去の歩みをトレースする
「……蓮! カイト、ユウナ! ほんまに、ほんまに生きてたんか!!」
ミサキさんの叫びが、魔王城の広々としたテラスに響き渡った。 駆け出した彼女を、精悍な顔立ちの青年――蓮が、受け止めるように抱きしめる。彼の後ろでは、大盾を背負った大柄なカイトと、杖を握った小柄なユウナが、涙を浮かべて立ち尽くしていた。
「ミサキ……ごめん、心配かけたな」
「ミサキさん、相変わらず元気そうだな。……よかった、本当に」
「ミサキ……無事だったんだねっ!もう会えないかと思ってた!」
再会を喜ぶ四人の姿を、僕とオニキスは少し離れた場所から静かに眺めていた。 ミサキさんは蓮の胸を何度も叩き、それからカイトやユウナにも飛びついて、大粒の涙を流していた。
落ち着きを取り戻した蓮たちは、僕たちをテラスのテーブルへと招いてくれた。 オニキスが用意させた果実水が、渇いた喉を潤していく。
「……信じられないな。王国の外に、こんなに穏やかな場所があるなんて。僕たちは『魔王は世界を滅ぼす悪』だと教え込まれ、死ぬ気で戦わされていたんだ」
蓮が、数年前のあの日を振り返りながら語り始めた。
「あの日、魔王領の国境で僕たちは大敗した。王国から授かった武器は魔族には通用せず、治癒士のミサキとはぐれ、さらに魔族の反撃で重傷を負っていた僕たちは死を覚悟した。……でも、僕たちを拾って治療してくれたのは、敵だと思っていたオニキス殿だったんだ」
魔王領で過ごした数年間、彼らは魔族という種族の合理性と温厚さを知り、自分たちが担わされていた役割の異常さに気づいたのだという。そして、オニキスの配慮で魔族の言語を習得し、最近になってやっと意思疎通が図れるようになったのだという。
アイが何かに気付いたらしい。残酷な現実を静かに告げる。
(マスター。蓮様たちの聖剣、および装備品をスキャンしました。……やはり、極めて悪質です。表面上は魔力を増幅させる機能を持っていますが、その実態は『持ち主の生命力を無理やり魔力へ変換する』という代物です。王国の技術者は、勇者たちを使い捨ての魔力源として設計したようです。……このまま使い続ければ、彼らの命は数年で尽きていたでしょう)
僕はその解析結果を彼らに伝えた。
「そんな……まさか。この剣は王国から『選ばれし者の証』として授かったものなのに」
ユウナが自分の杖を握りしめ、青ざめる。
「嘘やないと思う。シンくんの言う通りやわ。……あいつら、最初からうちらを人として見てへんかったんやな」
ミサキさんの言葉に、テラスに重苦しい沈黙が降りた。 王国は魔族の平和を知りながら、侵略のために異世界の若者を呼び、その命を削ってまで戦争を維持しようとしている。その醜悪な仕組みが、少しずつ暴かれていく。
「……ところで、シン君。君は一体、何者なんだ?」
蓮が僕を真っ直ぐに見据えた。
「オニキス殿から聞いたよ。君はエルフの王女を守り、王国の指名手配から逃れてここまで来たと。……ただの学生には、とても見えない」
僕は果実水のカップを置き、視線を落とした。 これまで誰にも話してこなかった僕の過去。けれど、本当の意味で彼らの仲間になるためには、隠しておくべきではないと感じた。
「……僕の父は、王都の片隅で魔法術式を開発する職人でした」
ミサキさんや蓮たちが、静かに僕の言葉に耳を傾ける。
「小さな工房でしたが、父の腕は確かでした。僕は幼い頃から、父が複雑な回路を書くのをずっと隣で見て育ったんです。……僕は魔力こそありませんでしたが、術式の仕組みを理解する能力だけはあった。父はそんな僕を『お前は俺の自慢の息子だ。お前のその目は、誰よりも深く魔法の真実を見抜いている』と、いつも笑って褒めてくれました」
父は、魔力のない僕を一度も否定しなかった。むしろその知性を誇りに思い、無理をしてまで学費を工面して、僕を最高峰の『王立魔導学園』へと送り出してくれたのだ。
「……でも、ある日のことです。工房に、態度の横柄な魔導士の客が来ました。彼は自分の注文した術式の不備を棚に上げて、側にいた僕を『魔力も持たぬ出来損ないを側に置くから、こんな鈍らな術式になるんだ』と罵倒したんです」
父は、僕の目の前で激昂した。 いつも穏やかだった父が、その魔導士に向かって『息子を侮辱する奴に売る術式はない。今すぐ出て行け』と怒鳴りつけた。
……それが最後だった。逆上した魔導士が放った魔法が、無抵抗な父の胸を貫きました。 魔力のない僕には、父を助けることどころか、その魔導士に一太刀報いることすらできなかった。
「……それ以来、僕は『自慢の息子』でい続けることだけを支えに生きてきました。父が遺した店を守るために、夜は術式開発のバイトをして学費を稼ぎ、昼は死に物狂いで勉強して。魔力がないならせめて学術の成績だけでも、と学園のトップをキープしてきました……でも、心のどこかでは、ずっと虚しさを感じていたんです。父のいない世界で、魔力もない僕に何の意味があるのかって」
話し終えると、ミサキさんがそっと僕の肩に手を置いた。
「……シンくん。あんた、そんな思いしてたんか。……一人で頑張りすぎやわ。ほんまに、よう頑張ったな」
ミサキさんの瞳には、僕への深い共感と、やり場のない憤りが混じっていた。
(ミサキ……シンくん、凄すぎるわ。そんな悲しいことがあったのに、ずっとお父さんのために『最高の息子』を演じてたんやな。……もう、自分を責めんでええんやで。シンくんは、もう十分すぎるほど立派や)
ミサキの脳内でだけ響く、エマの震える声。ミサキは心の中で頷き、僕を力づけるように肩を叩いた。
「シン殿」
いつの間にか背後に立っていたオニキスが、静かに口を開いた。
「魔法とは、本来、誰かを守り、高め合うための知恵であるはずだ。あなたの父君が命を懸けて守ったその知恵は、今、間違いなく君の中で真の光を放っている。……さあ、顔を上げなさい」
オニキスがテラスの入り口を指差した。そこには、三人の魔族が立っていた。 一人はローブを纏った老いた賢者。 一人は全身に傷跡を持つ、鋼のような肉体の戦士。 そして一人は、涼しげで聡明さを感じさせる瞳を持つ壮年の紳士。
「明日から、修行を始める。彼らが君の『師』だ。魔王領の最新の術式、人知を超えた武術、そして戦術……すべてを叩き込む。……君のその知恵を、今度は自分自身を、そして大切な人を守るための真の力へと変える準備はいいか?」
「……はい。お願いします」
僕は、蓮やミサキ、そして遠くエルフ王国にいるハルの顔を思い浮かべながら、力強く頷いた。 父が信じてくれた僕の「目」で、この歪んだ世界の仕組みを見抜き、今度こそすべてを書き換えてみせる。




