第9話「サルカ隊と、黒い環」
昼前の冒険者組合は、朝よりも人が多かった。
しげるが入っていくと、受付のネシェルが顔を上げた。胸元の木札の位置を直しながら、心なしか警戒した目でしげるを見る。測定球の件以来、彼女の中でしげるは要注意人物らしい。
「組合長がお待ちです。二階へどうぞ」
「あ、どうも。……あの、球、本当にすみませんでした」
「備品の損耗として処理済みです」
事務的な声だった。事務的だが、少しだけ和らいでいた。
◇
組合長室には、先客が三人いた。
窓際に立っているのは短い黒髪の女性だった。三十歳前後か。日に焼けた肌に革の胴着、腰に剣。立ち方に隙がない、というのが素人のしげるにも分かった。
壁際の椅子には痩せた男が座っていた。三十半ば。弓を膝に立てかけて、値踏みする目でこちらを見ている。
その隣に、白い神官服の少年が背筋を伸ばして座っていた。まだ十代だろう。しげると目が合うと、ぺこりと頭を下げた。
「来たな」
机の向こうでブレトが言った。
「紹介する。サルカ隊だ。サルカ・ドレシュ、剣士で銀札。フェルツ・イヴェン、弓士で銀札。ユハン・エルゼク、治癒神官で銅札。大神殿からの預かりだ」
「豊島しげるです!よろしくお願いします!」
頭を下げた。会社の名刺交換の角度だった。
サルカと呼ばれた女性が、しげるを上から下まで眺めた。
「魔術師ってのは、もう少し痩せてるもんだと思ってた」
「す、すみません」
「なんで謝るんだよ」
サルカは真顔で言った。
「痩せてる魔術師が強いなんて誰も言ってない。事実を言っただけだ。……ふうん、あんたが例の球割り男か」
「割ってはないです。ヒビです」
「同じことだろ」
サルカはにやりと笑った。笑うと急に若く見えた。
椅子の痩せた男――フェルツが、口を開いた。低い声だった。
「単刀直入に訊く。あんた、依頼で幾ら取る気だ」
「え?」
「銀札の新人と組めと言われた。腕は確からしい。なら次は金の話だ。取り分で揉めるのが一番つまらん」
「フェルツ」サルカが窓際から言った。「最初からそれか」
「妻子がいる。死ねない依頼は受けない。揉める隊にも入れない。それだけだ」
「あの!」
神官服の少年が手を挙げた。挙げてから、挙げた自分に驚いたような顔をした。
「ぼ、僕はユハン・エルゼクです。その、お噂の……無詠唱で凝成術を使われたというのは本当ですか?詠唱も触媒もなしというのは理論上、いえ理論の前提が――あ、すみません。一度に訊きすぎました」
「ユハンは魔術談義が始まると長い」サルカが言った。「止めるのは私らの仕事だ。あんたも覚えとけ」
「は、はい」
ブレトが机を指で叩いた。話を戻す合図らしい。
「サルカ隊は手堅い。依頼の目利きも、引き際の判断もできる。お前が仕事を覚えるには一番いい」
「わしが保証する、とまでは言わん」ブレトはサルカたちを見た。「そっちも品定めしろ。合わなきゃ断って構わん」
「もう品定めは始めてる」
サルカはしげるの前まで歩いてきた。同じ高さの目が、まっすぐこちらを見た。
「一つだけ訊く。あんた、人を守ったことは?」
「え……っと」
しげるは考えた。ごまかしてもすぐばれる気がする目だった。
「一昨日、初めて。灰狼に襲われてた人を、その、壁を出して。でもあれは夢中だっただけで、守ったっていうか、間に合っただけっていうか」
「間に合ったなら上等だ」
サルカはあっさり言って、ブレトに向き直った。
「いいよ。預かる」
「え、今ので!?」
「強いだけの奴なら断ってた。自分の手柄を盛らない奴は、現場で嘘をつかない。……フェルツは?」
「取り分の話が先だ」
「はいはい。ユハンは?」
「僕はぜひ!訊きたいことが四十くらいあるので!」
「四十は多い」
◇
その後の話は早かった。
取り分は頭割りで四等分。ユハンは神殿預かりの身なので一部を神殿に納めるが、それは本人の問題。手付けの仕事として明朝、洞窟蜥蜴の巣の駆除に出る。西の岩場、日帰り、危険度は銀札には低め。新入りの足慣らしには手頃だという。
「装備は今日中に揃えろ。野営はないが水と食いもんは各自だ」
サルカの指示を、しげるは道具袋から出した紙に書き留めた。その様子をフェルツが横目で見て、一拍おいて言った。
「……メモを取る冒険者は初めて見た」
「あ、癖で。仕事の指示は復唱して書き留めろって、前の職場で」
「いい癖だ。うちの新人に見習わせたい」
褒められているのか分からない平坦さだった。だが座る位置は最初より一つ、しげるに近くなっていた。
◇
解散して階段を降りると、組合の一階が妙に静かだった。
人が入り口から左右に割れて、道を空けている。
その間を、一団が通っていくところだった。
槍を持った衛兵が四人。真ん中に、灰色の粗末な服の男が一人。うつむいて歩くその男の両腕に、黒い金属の環が嵌まっていた。
手枷ではなかった。鎖もない。ただの環が左右の腕に一つずつ。なのに男の歩き方は、体の芯を抜かれたように頼りなかった。
一団は組合の受付で何かの書類を交わし、すぐに出ていった。
扉が閉まると、組合のざわめきが戻った。
「……あれ、何ですか?」
しげるは隣に降りてきたブレトに訊いた。
「魔術犯罪者の護送だ。西の関所へ送る。組合を通ったのは、討伐協力の記録に署名が要るからでな」
「あの黒い環は」
「沈律環という」
ブレトは扉のほうを見たまま言った。
「両腕に嵌めると、周りの魔力の流れが乱れて、術が編めなくなる。どれだけ腕の立つ魔術師でもだ。あれを付けられたら、魔術師はただの人よりも弱い。魔力に頼って生きてきた分だけな」
「……へえ」
「王国の神殿庁が管理しとる代物だ。滅多に見るもんじゃない。忘れていい」
ブレトはそう言って奥へ戻っていった。
しげるはもう一度、閉まった扉を見た。
うつむいた男の歩き方が、目に残っていた。
チートでも、ああいうの付けられたら終わりだな。
ぼんやりとそう思って、それから慌てて頭を振った。縁起でもない。自分は犯罪者になる予定なんてないのだ。明日は初仕事で、仲間ができて、人生はうまく回り始めている。
組合を出ると、昼の光がまぶしかった。
後ろから声が飛んできた。振り返ると、二階の窓からサルカが顔を出していた。
「明朝、東門に六の鐘だ。――遅れるなよ、魔術師どの」




