第31話「北から来た男」
街道警備の依頼は、退屈な仕事だった。
秋の収穫期は荷の往来が増える。増えれば野盗も出る。だから組合が門の外に人を出す。実際にやることは、荷車の列を眺めて立っていることだった。
「暇ですね」
「暇なのがいい依頼だ」
フェルツが弓を担ぎ直しながら言った。
東門の外は、朝から荷の列ができていた。麦の袋を積んだ荷車。塩の樽。北から来たらしい毛織物の束。門衛が荷を検め、通行の札を確かめ、順に街へ入れていく。
しげるはその列を、なんとなく眺めていた。
人が働いている。当たり前の光景だ。荷を積んだ人がいて、運んだ人がいて、受け取る人がいる。エディナの言っていた「名前の一覧」というのは、こういうことなのだろう。
「シゲルさん、あれ何でしょう」
ユハンが、列の後方を指した。
馬一頭に引かせた小さな荷車だった。他の荷車と比べて、明らかに荷が少ない。
荷台には麻袋が三つだけ載っていた。三つとも、上のほうがへたっている。中身が半分も入っていないのが遠目に分かった。
「北から来たみたいだな」
サルカが言った。
「ああいう小さい荷は、たいてい高地の連中だ。山のものを持って降りてくる」
荷車の脇を、若い男が歩いていた。
二十歳そこそこか。日に焼けて、痩せている。指の関節が太く、腕に古い擦り傷が何本も走っていた。歩き方は疲れているというより、投げやりに見えた。
男は門衛の前で立ち止まった。
「荷は」
「薬草だ」
「量は」
「見りゃ分かるだろ。それだけだ」
門衛は麻袋を覗き込んで、少し首を傾げた。
「去年は五つも六つも積んでたじゃねえか、お前んとこ」
「今年はそれだけだ」
「不作か?」
「いや」
男は前を向いたまま答えた。
「山にはある。採らんかっただけだ」
「採らんかった?」
「買い手がつかんのだよ」
門衛が何か言おうとして、後ろの荷車が動いたので、話は終わった。
男は札を受け取って、荷車を引いて門をくぐっていった。
しげるは、その背中を見送った。
薬草。買い手がつかない。
言葉の意味は分かる。だが、それがどこに繋がる話なのかは、そのときのしげるには結びつかなかった。
繋がるものが多すぎたからだ。薬草といっても何十種類もある。買い手がつかないのは天候かもしれないし、商売の都合かもしれない。
だからしげるは、ただ「大変そうだな」と思った。
思って、それだけだった。
「シゲルさん?」
「あ、いえ。何でも」
◇
依頼を終えて組合に戻ると、ブレトが待っていた。
組合長室に呼ばれた。机の上に、一通の書状が置いてあった。
封は切ってある。紙は上等で、端に押された印には、鍋と匙を組み合わせた紋があった。
「読め」
しげるは紙を取った。
文面は、丁寧だった。
書き出しはイグゼル冒険者組合への時候の挨拶。次に、当組合が長年、街の医薬の供給に携わってきた旨。そして本題は、最後の数行だった。
――近時、大神殿付属治療院に納入されている上級回復薬につき、その製法および仕入れ元をご教示願いたい。
――当該の品は極めて高品質であり、当組合としては非難の意図を一切持たぬこと、あらかじめ申し添える。
――ついては、供給者たる請負士シゲル殿と、一度お目にかかりたい。
差出は、イグゼル調合師組合。
署名は、親方カウゼン。
「調合師組合ってのは」しげるは紙を持ったまま訊いた。「あの、薬を作る人たちの」
「上級薬を作れる資格持ちだ。この街に四人しかおらん」
ブレトは椅子の背にもたれた。
「そのうちの親方が、直々に会いたいと書いてきた。しかも冒険者組合を通してだ。筋を通してきとる」
「筋」
「いきなりお前を訪ねることもできた。街で待ち伏せもできた。そうせずに、組合長のわしを経由した。……この書き方をする人間は、たいてい真面目な男だ」
しげるは、もう一度文面を見た。
非難の意図を一切持たぬこと。
そう書いてある。書いてあるのに、胃のあたりが重くなった。
「行かなくても、いいんですか」
「いい」
ブレトはあっさり言った。
「請負士は誰と会うか自分で決められる。断りの返事はわしが出す。角の立たん文面でな」
「……あの」
「ただし」
組合長は指を一本立てた。
「断れば、向こうは別の道を探す。市政庁に問い合わせる。神殿に問い合わせる。どこかから、必ず何かが出てくる。……出てきたものが、お前の口から出たものより都合がいいことは、まずない」
しげるは黙った。
その理屈は、なんとなく分かった。会社でもそうだった。都合の悪い問い合わせを放っておくと、たいてい上のほうから降ってくる。しかも尾ひれがついて。
「行きます」
「そうか」
ブレトは頷いた。頷いてから、しげるをじっと見た。
「シゲル。一つだけ訊く」
「はい」
「お前、あの薬をどうやって作っとる」
部屋の空気が、少し動いた気がした。
しげるの口が、勝手に動いた。
「……田舎の秘伝で」
「そうか」
ブレトはそれ以上訊かなかった。
訊かないまま、机の上で指を組んだ。
「わしは詮索せんと言った。それは今も変えん。人間、話したくない過去くらいある」
「……はい」
「だがな、向こうは詮索が仕事だ」
組合長の声は、静かだった。
「相手は職人だ。四十年鍋の前に立っとる男だ。そういう連中は、品物を見れば作り方の見当がつく。見当がついた上で、それでも分からんから訊きに来とるんだ」
しげるの背中に、汗が滲んだ。
「秘伝と言えば、たぶん引き下がる。職人は秘伝を尊重する。……だが、引き下がったあとに何を考えるかまでは、わしにも分からん」
ブレトは書状を封に戻して、しげるに差し出した。
「日取りは向こうの都合に合わせろ。それが礼儀だ」
「はい」
しげるは書状を受け取った。
部屋を出ようとしたところで、後ろから声がかかった。
「シゲル」
振り返る。
ブレトは机の向こうから、こちらを見ていた。
「行くか、行かんかはお前が決めろと言った。もう決めたな」
「はい」
「なら、次だ」
組合長は言った。
「――行くなら、何を言うかを先に決めていけ」




