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第76話:苗を、買い占める話

 ――ところ変わって、王都。


 夏の王宮は、石の床まで熱を持つ。その熱の中で、宰相は旧勢力の重鎮と茶を飲んでいた。


「三十年も前のことを、いまさら掘り返して何になる。商会は反省しておる。私財を投じて、森の再生に手を挙げたではないか」


「ほう。森の再生」


「苗を集め、山に植える。殊勝な話じゃろう。監査など打ち切って、善行に励ませるが国のためよ」


 宰相は茶を含み、ゆっくりと飲み下した。この男が商会から何を受け取ってきたか、宰相は三十年前から知っている。知っていて、切れる刃が無かった。辺境の小娘が、刃を研いでよこすまでは。


「善行、のう。……その苗、どこから集める」


「知らぬ。商会が、金で買うのじゃろう」


「金で買う。そうじゃな。苗は、山に生えておるものじゃ」


 宰相は茶碗を置いた。重鎮は、老人が何を言ったのか、まだわかっていない顔をしていた。


  *


 同じころ、救護院の講堂では、聖女ミレーユが商会の使者を迎えていた。


 使者は丁寧だった。再生事業に、聖女さまのお祈りを添えていただきたい。苗の植え付けの日に、一言、祝福の言葉を。民の信を得るには、聖女さまのお力が要る、と。


「お祈りは、いたします」


 ミレーユは静かに答えた。使者の顔がほころぶ。


「ただ、わたしは祈る前に、祈る相手を検めることにしております。……辺境で、そう教わりましたので」


「検める、と申しますと」


「その苗は、どこの山から、どなたが、どのように採られたものでしょう。植える場所の土は、誰が診たのでしょう。祈りは病人の熱を下げません。下げるのは薬です。苗も同じです。祈りだけでは、根付きません」


 使者の笑みが、薄くなった。ミレーユは引かなかった。去年の春、祈りで病を止められなかった彼女は、いま、祈りの使いどころを知っている。


「書面でいただけますか。苗の出どころと、数と、植える場所と、土の所見を。それを読んでから、祈るかどうか決めます」


 使者は書面を約束して、帰った。約束の書面は、十日経っても届かなかった。


  *


 書面の代わりに届いたのは、辺境からの報せだった。


 王都の検品室で、ユリウスは机に広げた二枚の紙を見比べていた。一枚は、商会が王家に出した再生事業の計画書の写し。もう一枚は、南の中継ぎ問屋が各地の薬草採りに回した触れ書きで、ノエルが下町の伝手で手に入れてきた。


「……師匠が聞いたら、顔色を変えますね」


「変えないだろ、あの人は。淡々と、調書を書く」


 ノエルが触れ書きを指で叩いた。


「『聖樹の系統の若木、種類を問わず、一本残らず、言い値で買い上げる』。……森の再生事業で植える苗を、森から買い集めるんだぜ。植えるのは商会の持ち山。森は、空っぽになる」


 苗の、全数買い上げ。


 再生事業という名の、乱獲の続きだった。三十年前は木材と薬草。いまは苗。売れるものが変わっただけで、根こそぎの手つきは変わっていない。しかも今度は、森を救うという効能書きの袋に入っている。


「計画書の提出先は、王家。触れ書きの宛先は、山師。……二つを並べて読める人間は、王都にはいなかったわけだ」


「並べて読むのが、おれたちの机の仕事です。師匠の流儀で」


 ユリウスは早馬の文を書いた。書きながら、ふと手を止める。


「ノエルさん。この触れ書きが各地に回っているなら、辺境の森にも、もう山師が入っているはずです」


「……先生のところの森番小屋、屋根を葺いたばかりだって言ってたな」


「屋根の下で、何が起きているか。それを知っているのは、師匠だけです」


 早馬が発った。五日の道のりのあいだに、夏が一段と深くなる。


  *


 ――辺境、ノルデン。


 早馬の文を読み終えて、私は診療録を閉じた。


「ヴァイスさま。商会の再生事業の中身が、割れました」


 ヴァイスは壁の根の地図から目を離さずに、短く言った。


「苗か」


「ええ。全数、買い上げです。……ご存じでしたか」


「知らん。ただ、あの商会が森のためにすることなど、一つしか思いつかん。持ち出すことだ」


 私は窓の外を見た。南の森の梢は、夏の日を浴びて、それでも浅い緑をしている。あの下で、いま、誰かが若木を数えている。言い値で買うと触れ書きを握って。


「売る者が、出ます。森の民の中からも」


「出るだろうな。金は、人を選ばん」


「ですから、買う側の正体を、売る人たちの目の前で明かします。森を治すのは買うことではないと、この街の広場で」


 薬の効能書きは、市場で読み上げるに限る。二年前の夜会で、私は偽りの効能書きの中身を、衆目の前で読まれた側だった。読む側に回るのに、ずいぶん長くかかった。


「――市が立つのは、明後日でございます」

商会の再生事業の中身は「苗の全数買い上げ」でした。森を救う袋に入った、乱獲の続き。宰相とミレーユが王都で、ユリウスとノエルが机の上で、同じものを見つけました。


次回、第七十七話「森を治すのは、買うことではありません」。市の真ん中で、効能書きを読み上げます。

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