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第74話:切り出し場の、帳面

 切り出し場の検分には、辺境伯家の兵が五人ついた。指図役は従者のカイルである。


「閣下より、くれぐれもと申しつかっております。先生を、危ない場所の三歩手前で止めろと。……先生、いま四歩目です。お戻りを」


「傷は、近くで診ませんと」


「先生!」


 カイルの悲鳴を背に、私は切り出し場の斜面に立った。そして、しばらく言葉を失った。


 ひどい傷だとは、聞いていた。去年、水源の検分で端だけは見てもいた。だが、立ち入りを止められて一年、雑草にすら覆われないままの斜面の全景は――傷というより、剥皮だった。


 木がない。切り株すら、まばらにしかない。根ごと掘り返した穴が、斜面一面に並んでいる。掘った穴を埋め戻しもせず、雨に洗わせるままにした土は、白茶けて、石の色をしていた。


「……根こそぎ、というのは、言葉のあやではなかったのですね」


 太い木を伐るだけなら、切り株が残る。株が残れば、ひこばえが出る。この場所は、その芽の出る株ごと、掘って持ち去っていた。売れる若木は全数引き抜き、売れない下草は焼き払い、二度と生やす気のない採り方。


 この斜面に、リタの地図の太い金色の糸が届いている。聖樹は地の下で、この石の色の土に、いまも根を差し伸べているのだ。


 医者が患者に腹を立ててはいけない。けれど、患者を傷つけた者に対しては――その限りではない。


  *


 私は薬箱から調書の帳面を出した。怒りは、書式に流し込むに限る。


 毒物検品調書を作ったときと、同じ型で書いていく。日付、場所、立会人。掘り返しの穴の数、間隔、深さ。残った株の年輪。焼き払いの炭の層。土の色と、握ったときの崩れ方。一つひとつは無味乾燥な行が、束になると、誰が読んでも一つの絵になる。二度と生やす気のない採り方、という絵に。


 兵の一人に縄を持たせて、穴と穴の間隔を測らせた。十歩ごとに杭を打ち、杭ごとに穴の数を数える。カイルは帳面を持って私の隣につき、読み上げる数を書き取った。


「……百二十三、百二十四。先生、この斜面だけで百を越えました」


「続けてください。数えきれない、は調書には書けませんので」


 数え終えた穴は、三百と七つ。三百七本の若木が、根ごとこの斜面から持ち出された。焼き払いの炭の層は指の幅ほどの厚さで、土の色の境に黒い線を引いていた。線の上の土は、この数年ぶん。線の下の土は、三十年前の森の土だ。


「カイルさん。飯場の小屋を、検めます」


 立ち入り差し止めのまま放置された飯場には、埃をかぶった雑具に混じって、書き物机が残っていた。引き出しは空。だが、机の裏に手を入れたカイルが、板の隙間から薄い帳面を引き抜いた。


「……出納の控えのようです。日付は、五年前から去年まで」


 現場の帳面だった。木材と若木の搬出の記録。運び先、荷の数、受け取りの符丁。王都の帳簿蔵は焼けても、現場の控えまでは、焼き忘れたらしい。帳簿というものは、書いた者の手元に、必ず影を残す。


 頁を繰っていた私の指が、ある行で止まった。


 五年前の冬。若木でも木材でもない、小さな荷が一つ、記録されていた。品名は空欄。量の単位は――滴。


「カイルさん。この頁の写しを、大至急、王都の閣下へ。検品官のお二人が帳簿の底から見つけた品と、突き合わせができます」


 毒はここを通ったのか、ここで受け渡されたのか。それを言い切るのは私の仕事ではない。突き合わせる材料を揃えるのが、検品の仕事だ。ヴァイスの五年と、森の三十年が、一冊の帳面の中で隣り合っていた。


  *


 引き上げる間際、カイルが息をついた。


「先生。……四歩目どころか、いちばん奥まで行かれましたね」


「傷の、いちばん深いところまで診ましたので」


 カイルは諦めた顔で、帳面の最後の頁を検めていた。検めていて、あ、と声を上げた。


「先生。搬出の記録の、いちばん多い運び先ですが……商会の店ではありません。これは」


 差し出された頁を、夕日にかざす。運び先の欄に、繰り返し繰り返し、同じ符丁が押されていた。符丁の脇に、一度だけ、几帳面な手が小さく注を入れている。


 ――王都、さる邸へ。直納。


 商会を通さず、帳簿に載らず、王都の「さる邸」へ直に納められつづけた荷。三十年の歪みは、商会の蔵の中だけでは終わらないらしい。

切り出し場は、傷というより剥皮でした。怒りは調書の書式へ。そして現場の帳面から「滴で量る荷」と「王都のさる邸への直納」が出てきました。


次回、第七十五話「王都から、召喚状」。ヴァイスが帰ってきます。根治二十回目と――言いかけて、やめた言葉。

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