第71話:判も、嘘をつきません
偽の検印札を、私は三日かけて丸裸にした。
まず、品物。袋の白柳の皮そのものは本物で、しかも上物だった。皮の厚み、香り、乾かし方。どれをとっても、この森の系譜の白柳だ。
「品はほんもの。札がにせもの。……妙な取り合わせだね、先生」
手伝いに来たグレタが首をかしげた。私は皮を一枚、灯りにかざした。
「妙ではありません。むしろ、これしかない取り合わせです。婆さま、この皮、どこの白柳だと思われますか」
グレタは皮を受け取り、香りを嗅ぎ、折り曲げて、断面を眺めた。長い沈黙のあと、老いた目がすっと細くなった。
「……保護区の、奥のだ。いま、採っちゃいけない場所のだよ」
「ええ。採取を止めている区画の品です。正規の窓口には、出せません。出せば、どこで採ったと必ず聞かれます」
だから、偽の検印。検品を通ったという顔をした札を下げて、盗んだ品を正規の流れに紛れ込ませる。森の療養のために採取を止めた、まさにその措置を、抜け道にしようとする者がいる。
「治療中の患者さまの、寝込みを狙う泥棒でございます」
私の声は、自分で思ったより低かった。
グレタが、皮を袋に戻しながら言った。
「保護区の奥に入るには、山の民の道を知ってなきゃならない。よそ者には入れないよ」
「ええ。ですから、入った者はよそ者ではありません。……婆さま。この話は、山の長老さまに。売った者を責めるためではなく、次に売らせないために」
「わかってるよ。長老も、黙っちゃいないさ」
*
次に、札そのもの。
私は帳場に、ほんものの検印札を十枚並べた。開業このかた、この店の検品を通った品の札だ。その横に、偽札を置く。
「リタさん。違いが、わかりますか」
リタは札の列に顔を近づけて、うんうん唸った。ヴァイスは腕を組んで一瞥し、わからん、と潔く言った。
「では、指で。朱のところを、そっと撫でてみてください」
二人の指が、順に札を撫でる。先に声を上げたのはリタだった。
「……あ。にせものだけ、つるつるしてる」
「ええ。ほんものの判は古い手彫りで、彫りの底に細かな毛羽があります。朱が毛羽に絡んで、押した面がかすかに粗くなる。偽の判は新しく彫り直した写しなので、底がなめらかです。目では写せても、指ざわりまでは写せません」
乳鉢の中の粉の粒を、指先で確かめる。薬師が毎日やっていることと、同じだった。毎日ほんものに触っている手は、にせものに触れた瞬間、勝手に気づく。
「もう一つ。彫りの癖です」
私はユリウスが残していった写生の道具を借りて、偽判の印影を大きく写し取った。縁の欠けの形。線の入りと抜き。留めの角の、わずかな丸み。
「この丸みは、彫り刀を左に倒す癖です。ノルデンの判を彫った職人は右に倒します。……つまりこの偽判は、この街の外で、別の彫り師が彫ったものです」
「出所を割れるか」
「割れます。品物は、嘘をつきませんので。お薬も――判も、です」
*
行商人の足取りは、ヴァイスの手の者が三日で洗い上げた。
偽札の袋を持ち込んだ男は、街道沿いの宿で口を割った。品と札は南の中継ぎ問屋から預かった。問屋は、王都の大店の指図で動いている。彫りの写しの元になった印影も、王都から届いた、と。
男は、札が偽物だとは知らされていなかった。検品を通した札だと言われて預かっただけだ、と繰り返した。嘘ではないだろう。偽札を持たせる側は、持つ者に偽物だと教えない。教えれば、顔に出る。
「この者の調書も、取ります。罪としてではなく、経路として」
報告を読み上げたヴァイスが、紙から目を上げた。
「王都の大店。……名を言わせるまでもないな」
「ええ。クローヴ商会、本店」
私は偽札と印影の写しと、検品の調書とを、一つの包みにまとめた。宛先は王都、調査委員会。ダレル翁が台帳の中に見つけた「彫りの違う同じ判」に、こちらからは実物の偽判の使い手を届けられる。
森が持っている証拠に、また一枚、頁が増えた。
偽の検印札、丸裸になりました。毎日ほんものに触っている指は、にせものに勝手に気づきます。そして偽判の糸は、王都のクローヴ商会本店へ。
次回、第七十二話「毒の、仕入れ元」。王都の検品官ふたりと――ヴァイスの五年に、動きが出ます。




