第60話:毒の、真相
森の見張りは三日で答えを出した。切り出し場の小屋から、夜のうちに書付の束が運び出されようとしていた。細い間道を山の民は知っていた。荷は押さえられた。――なりふり構わぬ最後の手は、空を切った。
そして、その荷の中身が最後の一片になった。
宰相の調査と辺境の証拠が突き合わされ。ついに五年前の、ヴァイス暗殺未遂の真相が明るみに出た。
王都から届いた調査の綴りを、私とヴァイスは二人で読んだ。診療所のいつもの円卓で。月に一度の治療の日だった。湿布を替える手を止めずに、私は頁を繰った。
あの精製毒をクローヴ商会が調達し、放ったこと。そして――なぜヴァイスが狙われたのか。その理由も。
「……そういう、ことだったのか」
真相を知らされたヴァイスは、自分の左手をじっと見つめてつぶやいた。
五年前。若くして辺境伯を継いだヴァイスは、領地の森が何者かに密かに食い荒らされていることに気づいた。彼は辺境伯として、それを止めようとした。森を守ろうと動きはじめた。
――それが、クローヴ商会には都合が悪かった。
三十年、辺境の森を我が物顔で奪ってきた商会にとって、森を守ろうとする若い領主は目障りな障害でしかなかった。だから消そうとした。ふしぎな「病」に見せかけた、あの精製毒で。三十年前、辺境の薬師たちを消したのと同じ手口で。
「俺はただ、領地の森を守ろうとしただけだった」ヴァイスは静かに言った。「それだけのことで殺されかけ、五年、痛みに苦しんだ。……理由も、わからぬまま」
五年。理由のわからない毒は、身体だけでなく心も蝕む。誰を疑えばいい。どこまで疑えばいい。この人はその五年を、痛む左手で剣を握りながら、ひとりで越えてきた。
「その五年ぶんの謎を」私は彼の左手に、そっと手を重ねた。「あなたは今、解いたのでございます。あなたが守ろうとした森こそが、狙われた理由だった。……あなたは間違っていませんでした。ただ、正しかったから狙われたのでございます」
*
ヴァイスはしばらく、私の手を見ていた。それから静かに握り返した。大きな、あたたかい手だった。
「貴女は俺の痛みを治し、毒の出所を突き止め、そして狙われた理由まで解いてくれた」ヴァイスはまっすぐに私を見た。「五年前、俺を殺そうとした者。街を病で食い物にした者。森を枯らした者。――ぜんぶ同じ、ひとつの影だった。ならば俺がそれと戦う理由は、もう私怨だけじゃない」
「ええ」私はうなずいた。「森を守ることは、あなたの領主としての務め。そして――疫病の根を断ち、この国の薬をあの商会の食い物から取り戻すことは、わたくしの薬師としての務めでございます。わたくしたちの務めは、同じ方角を向いております」
「ああ」ヴァイスは深くうなずいた。「同じ方角だ。――貴女と、共に、な」
毒を消すだけではなかった。なぜ盛られたのか、その理由まで解いた。ヴァイスの五年の傷は、これでようやく本当の意味で癒えようとしていた。そして、その傷を共にたどった二人は――もう、ただの薬師と患者ではなかった。同じ敵に同じ方角を向いて並んで立つ、戦友であり、それ以上の何かだった。
治療の終わりに、私はいつものように帳面をつけた。握力、ほぼ戻る。夜間痛、消失。……そして、心の傷の根――判明、と。この一行を書ける日が来るとは。私はそっと帳面を閉じた。
帰りぎわ、ヴァイスは戸口で振り返った。
「……疫病が、終わったら、話す、と言ったな」
「はい。伺っておりません、まだ」
「もう少し待て」ヴァイスはめずらしく、目をそらさずに言った。「あの男の決着がつくまで、貴女の隣はまだ戦場だ。……戦場でする話じゃない。ちゃんとした場所で、ちゃんと言う」
そう言って、夕闇の中へ馬を進めていった。……ちゃんとした場所で、ちゃんと。私はその言葉を薬棚のいちばん奥に、大切な生薬と同じようにしまった。
*
けれど、真相が明るみに出るほど、森の利権を握る者たちの影は、いっそう深くなった。
なぜクローヴ商会は、三十年もの間これほどまでに辺境の森へ執着するのか。ただの薬草の売り買いだけでは説明のつかぬ、異様な執着。その森のいちばん奥――聖樹さまの根もとに、何が眠っているのか。
真相のさらに奥に、もっと大きな黒い影が横たわっている。その気配だけが、疫病を越えた辺境に静かに忍び寄っていた。
ヴァイスの毒の出所をめぐる謎が、ほぼ解き明かされます。五年前、彼が狙われた理由は――辺境伯として「森を守ろうとした」から。三十年、辺境の森を食い荒らしてきたクローヴ商会にとって、森を守る若い領主は、目障りな障害だった。「正しかったから、狙われた」のです。
セラフィーナは、痛みを治し、毒の出所を突き止め、狙われた理由まで解いた。二人はもう、薬師と患者ではなく、同じ敵に並んで立つ“戦友であり、それ以上の何か”に。
そして、森への異様な執着の、さらに奥に眠るものとは。次回、第六十一話「復興の、匙かげん」。つかのまの、あたたかい息抜きです。




