第59話:三十年の、かたち
私は証拠の箱を、机の上にすべて広げた。
偽薬の瓶。買い占めの控え。精製毒の検品調書。森の切り出し場の印。――この長い病の季節を通して、ひとつずつ集めてきた点。それらを私は、床いっぱいの紙の上に並べていった。ユリウスに線でつながせながら。
日付をそろえる。名前をそろえる。銭の流れは太い矢印で結び直す。病人の記録をつけるのと同じ手つきだった。いつ、どこで、なにが起きたか。嘘は名乗らない。けれど並べれば、嘘はかたちになる。
すると――浮かび上がってきたのは、ひとりの悪党の顔ではなかった。もっと大きく、もっと古い、ひとつの「かたち」だった。
*
グレタ婆さまが、三十年ぶんの記憶をたぐってくれた。
その夜、グレタはめずらしく茶に手をつけなかった。話しはじめる前に、しばらく暖炉の火を見ていた。古い傷のかさぶたを剥がす顔だった。
「クローヴ商会ってのはね」グレタはしわがれた声で語った。「もとは南のちいさな薬種問屋さ。それが三十年前、辺境の薬草を根こそぎ買い荒らして、のし上がった。あのとき邪魔をした辺境の薬師が何人か、ふしぎな『病』で死んださ。……今にして思えば、あれも毒だったのかもしれない」
私は息を呑んだ。
「あたしの兄弟子も、そのひとりだった」グレタは静かに言った。「気のいい男でね。買い荒らしに真っ向から楯突いた。……ひと月後に、原因のわからない熱で死んだよ。若かったのに」
リタがそっと、グレタの手に自分の手を重ねた。
「若旦那だったバルテルミーは、その荒稼ぎを元手に王都へ出て、王宮医薬局に食い込んだ。薬の利権を握り、粗悪な代替薬を高値で納め……邪魔者を消し。そして辺境の森を三十年、奪いつづけた。今度の疫病も、その森の枯れが生んだものさ」
買い占め。毒。乱獲。――ばらばらに見えていた三つの悪事は、すべてクローヴ商会という一本の太い縄で結ばれていた。しかも、この十年二十年の話ではない。三十年。ひと世代まるごとかけて、この国の薬を、辺境の森を、少しずつ蝕んできた長い歪みだった。
*
「敵は、バルテルミーひとりではなかったのですね」私はつぶやいた。「あの男はこの三十年の歪みの、いちばん上に乗っているだけ。仮にあの男を捕らえても、この『かたち』を崩さなければ――また次の誰かが、同じことを繰り返します」
ヴァイスが腕を組んで、低く言った。
「厄介な相手だな。人ひとりを剣で斬れば済む、という話ではない」
「ええ。これは剣でも薬でも、一度では断てません」私は証拠の紙を見渡した。「三十年かけてできた歪みは、三十年ぶんの覚悟で正すしかございません。……けれど、断ちます。かならず。この森を、この国の薬を、もうあの商会の食い物にはさせません」
病と同じだ。表に出た熱だけを冷ましても、根が残ればぶり返す。この国の薬の流れ、森の使い方、その仕組みそのものに手当てを入れる。対症ではなく、原因療法を。……患者が、また少し大きくなった。今度の患者は国の仕組みだ。
辺境で薬屋をはじめてから向き合ってきたものが、ようやくその大きな輪郭を現した。相手はひとりの悪党ではない。三十年の、制度の歪み。それはこれから私が――いや、私たちが腰を据えて立ち向かうべき、次の大きな戦いだった。
*
そして、追い詰められたその「かたち」の、いちばん上の男は。
最後の悪あがきに動いた。王都から辺境へ、密かに放たれた早馬。――バルテルミーが証拠の隠滅と森の利権の死守のため、なりふり構わぬ最後の手を打とうとしている。その不吉な報せが風に乗って、辺境へ届きはじめていた。
リタが南の空を見て、ぽつりと言った。
「師匠……あの森の色が、また揺れてます。誰かが森で、なにかしようとしてる。……すごく、いやな色」
私は証拠の紙を手早く箱に戻した。三十年の歪みと腰を据えて戦う。その覚悟は決めた。けれど向こうが今夜にも動くというのなら――まず、目の前の火消しからだ。
「ヴァイスさま。森に、見張りを。それから、グレタ婆さま、山の民へつなぎを」
長い戦の最初の号令を、私は静かにかけた。
敵の“格上げ”回です。集めてきた点――偽薬、買い占め、精製毒、森の切り出し――を線でつなぐと、浮かび上がったのは、ひとりの悪党ではなく、「クローヴ商会・三十年の歪み」という、大きなかたちでした。グレタの三十年の記憶が、それを裏づけます。
敵は、バルテルミー個人ではない。三十年かけてできた、制度の歪み。剣でも薬でも、一度では断てない。だからこそ「三十年ぶんの覚悟で、正す」――第三部「聖樹再生編」へと続く、大きな戦いの輪郭が、立ち上がります。
追い詰められた男は、森の利権死守へ、最後の手を。次回、第六十話「毒の、真相」。ヴァイスの五年が、決着へ向かいます。




