表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
52/54

第52話:水源に、蓋をします

 森の水源を浄める作業に、街から大勢が駆けつけてくれた。


 病み上がりの街に、呼びかけの太鼓をひとつ鳴らしただけだった。翌朝、森の入り口には、鋤や桶をかついだ人の列ができていた。自分たちの水を、自分たちの手で取り戻す。もう誰も、病を天罰だとは思っていなかった。


 鍛冶屋のゴルドが力自慢を率いて、腐った木の根と、淀んだ落ち葉をさらい出す。私は前世の知恵を頼りに、汚れた源を、いったん堰き止めさせた。


「この水は、しばらく川へ流しません。かわりに、こちらへ迂回させます」


 私はその濁った水を別の水路へ導き、その途中に大きな濾しの仕掛けを作らせた。炭の層、砂の層、小石の層。三つの層を、順にくぐらせる。


 炭は街の竈から、いくらでも出る。砂と小石は川原に、いくらでもある。ゴルドが木枠を組み、おかみ衆が炭を砕き、子どもらが小石を運んだ。街の暮らしのありふれた材料が、層になって積み上がっていく。


 すると――どんよりと濁っていた水が、層を抜けるたびに澄んでいき、最後には、透きとおって流れ出てきた。


「……すげえ」ゴルドが目を丸くした。「魔法か、これは」


「いいえ。ただの、炭と砂でございます」私は微笑んだ。「魔法ではありません。理屈でございます。汚れは、この層にこし取られる。あとは、これを煮て飲めば――もう、病はうつりません」


 最初の一杯を、リタが光にかざした。


「きれい……金色とは、ちがうけど。……透きとおった、いい色です」


 清めた水を、下流の村々へ流す。街道沿いの井戸を、この清い水で洗いなおす。地味な、けれど確かな手当てが、疫病のいちばん奥の蛇口を締めていった。


  *


 濾しの仕掛けには番小屋を建て、村ごとに世話役を決めた。炭は月に一度、入れ替える。層が詰まったら、砂を洗う。手入れの手順を絵入りの刷り物にして、世話役に渡す。仕掛けは、作って終わりではない。守られて、初めて効きつづける。


 数日のうちに、下流の村々から新しい病人が、ぱたりと出なくなった。


 ユリウスの地図の赤い印は、もう幾日も増えていない。白札は日ごとに束になって外されていく。原因を、断つ。――疫病は、ついにその根を押さえられた。


 けれど、私は喜びきれずにいた。


 水源は浄めた。けれど、それはまだ、森そのものへの手当てではない。この森が、聖樹さまが弱ったままである限り、また、いつか水は濁る。森そのものを癒さなければ、本当の意味では終わらない。そして、森を癒すには――なぜ森が枯れたのか、その人の手を止めなければならなかった。


  *


 作業の合間、ヴァイスの兵が森の奥で、あるものを見つけてきた。


「閣下。……妙な切り出し場が。かなり大がかりに、薬草と若木を刈り取っています。それも、ごく最近まで」


 私とヴァイスは、その場所へ向かった。


 森の奥、人目につかぬ谷あいに、それはあった。組織立った、薬草の切り出し場。根こそぎ刈り取られた、無残な跡。乾燥棚に、束ねかけの薬草。急ごしらえの荷車の轍。そして、積み上げられた荷に――見覚えのある印が押されていた。


 クローヴ商会の、印だった。


「三十年前だけでは、なかったのですね」私はその印をじっと見つめた。「今も続いている。この森は、今、この瞬間も奪われつづけている」


 バルテルミーの、出自の商会。三十年前に辺境を買い荒らし、今また疫病のさなかに原料を握り、そして――この森を枯らしつづけている。買い占めも、偽薬も、そして、この森の枯死も。すべての糸が、一本の太い縄へと縒られていく気配がした。


 けれど、その谷の切り出し場は、もぬけの殻だった。私たちが近づくのを察したように。まるで、誰かが先に手を引いたように。


 ヴァイスが荷の印をひとつ、剣の先で剥がし取った。


「証拠は、押さえた。……だが、人がいない。命じた者まで、届かん」


「ええ。ですが」私は剥がされた印を布に包んだ。「帳簿は、逃げても残ります。商いの荷は、必ずどこかで銭に換わる。銭の跡は消せません。……薬屋は、帳面のつけ方にうるさいのでございます」


「……逃げ足の速いことでございます」私は木々の向こうを見てつぶやいた。森の利権の黒い影が、揺れて消えた。


疫病の“いちばん奥の蛇口”を締める回です。魔法ではなく、炭と砂と小石の層で水を濾す――地味な理屈で、汚れた水源を澄ませていく。下流の村々から、ついに新しい病人が出なくなる。原因を断つ「原因療法」の、痛快な結実です。


けれど、水源を浄めても、森が弱ったままなら、また水は濁る。森の奥で見つかったのは、今も続く大がかりな切り出し場と――クローヴ商会の印。買い占め・偽薬・森の枯死。すべての糸が、一本に縒られていきます(森の再生は、第三部の主戦場です)。


次回、第五十三話「祈りでは、止まらなかったもの」。


――ブックマークと☆は、水を濾す炭と砂の一袋に。地味ですが、いちばん効くお薬でございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
何か悪人を泳がせ過ぎじゃないかな。国民に大きな被害が出てるのに、まだ泳がせてるなんて、反乱起きるよ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ