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第51話:森が、枯れていく

 南の森へ、私はリタとヴァイス、そして数人の兵とともに分け入った。


 街道を離れ、森の縁に立ったときから、もうわかった。鳥の声がしない。春だというのに、羽虫の音さえまばらだ。踏み込む足の下で、枯れ枝が乾いた音を立てて折れる。


 森は、記憶の中の姿とは変わり果てていた。


 かつて青々と茂っていたはずの木々が、葉を落とし、幹を灰色に枯らしていた。足もとの下草もまばらで、力がない。生命の匂いが、ここにはない。まるで、森ぜんたいが静かに息を引き取りかけているようだった。


「……ひどい」リタが青ざめてつぶやいた。「師匠。この森、色が、ほとんど、ないです。金色の、生きてる色が。灰色の、枯れていく色ばっかり。……こんなの、視たこと、ない」


 森の中心には、ノルデンの守り神とされる聖樹さまがそびえていた。何百年も、この地を見守ってきた大きな木。子どもの熱が下がれば、この木に礼を言いに来る。祭りの日には、この木の下で踊る。街の暮らしの節目節目に、いつも立っていた木。


 けれど、その聖樹さまさえ、今は半ばまで葉を落とし、幹の一部を黒く変色させていた。


 この土地のいのちの要が、弱っている。


  *


 私は聖樹の根もとを流れる湧き水の源へ、たどり着いた。


 そこが――疫病の、根だった。


 本来なら澄んでいるはずの水源が、どんよりと濁っていた。枯れた木の根が腐り、水に溶け出している。落ちた葉が積もり、淀んでいる。健やかな森なら、水を濾し、清めてくれる。けれど、弱った森は水を清めることができない。むしろ、みずからの腐りを水に溶かし込んでいた。


 私は手袋をはめ、その水を硝子の小瓶に汲んだ。光にかざす。細かな淀みが、ゆらりと舞う。舐めるまでもない。この水は、飲めばあの熱を起こす。


 その濁った水が川となって、南へ、そして街道沿いの村々へ流れていく。汚れた水が南方熱を運んでいた。港町から運ばれてきた病が、この街であれほど深く根を張れたのは――偶然ではなかった。この森の弱りそのものが、病を育てていたのだ。


「リタさん。この水源の色は」


「……いちばん、どす黒いです。ここが、病気の、いちばんの、もと。まちがい、ありません」


 私は拳を握りしめた。街でいくら薬を配っても、いくら手を洗っても、この源から汚れた水が流れつづけるかぎり、病は尽きない。汲みつづける水を追いかけるのではなく――この、汚れた井戸に蓋をしなければ。


「ここを、なんとかいたします」私は立ち上がった。「森の水源を浄める。川へ流れ出るのを止める。それが、この疫病の本当の止め方でございます」


「できるのか」ヴァイスが問う。


「一朝一夕には、まいりません。ですが、手順はあります」私は指を折った。「まず、腐りの溜まった淀みをさらう。流れ出る口に、砂と炭の濾しを設ける。それから――森そのものを癒す。木を植え、根を戻し、水を濾す力を、森に返します」


「森を、治療する、というわけか」


「ええ。患者が、少し大きゅうございますけれど」


  *


 けれど、私の胸には、もうひとつの重い問いが残った。


 なぜ、この森は、こんなにも弱ってしまったのか。


 ヴァイスが枯れた幹に手を当てて、低く言った。


「……自然に、こうなったのではない」彼の声には怒りがにじんでいた。「見ろ。この切り株を。ここも、ここも。薬草も木も、根こそぎ刈り取られた跡だ。何年も、何十年も、繰り返し。……森が癒える間もなく、奪われつづけたんだ」


 言われて見れば、あちこちに古い切り株が朽ちていた。新しい切り口もある。根を残さず、群れごとこそげ取った跡。……東の谷で私がリタに教えた、あの逆だ。三割を残せば、森は続く。ぜんぶを奪えば、森は終わる。それだけの単純な理を、欲は三十年、無視しつづけた。


 薬草の乱獲。森のいのちを奪いつくす、人の手。それが、この森を枯らし、水を汚し、そして――疫病を生んだ。


 リタが、ぽつりと言った。


「師匠……グレタばあちゃんが、言ってた、三十年前の、買い荒らし。……もしかして」


 私は答えなかった。答えは、もう胸の中にあった。この森の枯死は、天災ではない。人が三十年かけて作り出した、人災だった。


 帰り道、私は振り返って聖樹を見上げた。半ば枯れて、それでも立っている。……まだ間に合うだろうか。間に合わせる。患者が、木でも、森でも、水でも――診立てと手当ての理は、同じだ。


疫病の“根”が、ついに明かされます。南の森――守り神・聖樹さままでもが、枯れかけていた。健やかな森なら水を濾して清めるのに、弱った森は、みずからの腐りを水に溶かし込み、それが川となって病を運んでいた。港から来た病を、この森の“弱り”そのものが、育てていたのです。


そして森が枯れた理由は――天災ではなく、人災。何十年も繰り返された、薬草の乱獲。グレタの語った「三十年前の買い荒らし」の影が、ここでも。


原因療法の核心へ。次回、第五十二話「水源に、蓋をします」。

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― 新着の感想 ―
句読点ばかりで読みづらい 作者さんは自分で「」内の台詞を声に出して読んでみたら?
なんか本編読点だらけになったな。
ストーリーはとても良い。 強いて言えば濁点が多すぎるのが気になる。
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