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第38話:その万能薬、嘘でございます

 隣村で、人が死んだ。


 その報せを持ってきたのは、鍛冶屋のゴルドだった。べらんめえ調の声を、めずらしくひそめている。


「先生。妙な話でな。……村に、旅の薬売りが来て、『南方熱に効く万能薬』ってのを、高値で売りさばいてったんだ。ところが、それを飲んだ病人が、次々、悪くなって……ゆうべ、ふたり、逝っちまった」


「万能薬、ですか」


「ああ。銀貨五枚もする癖に、飛ぶように売れたそうだ。なにせ『飲めば楽になる』ってんで……実際、飲むと、いっときは、けろりとするらしい」


 私はその「万能薬」の小瓶をゴルドから受け取った。洒落た硝子の瓶に、金色の飾り文字。見てくれだけは王都の高級品のようだ。栓を抜き、匂いを嗅ぐ。強い酒精。その奥に、饐えたような、草でない何かの匂い。舌の先に、ほんの少し。――苦い。そして、覚えのある、痺れ。


「……これは、薬ではありません。ただの、色をつけた酒に痺れ薬を混ぜたもの。飲めば、いっとき痛みが麻痺して、治った気になる。けれど、根の病は、そのあいだにどんどん進みます」


 しかも、質の悪いことに「効いた気になる」のだ。飲めば楽になり、切れればまた欲しくなる。病人は、なけなしの銀貨を握って、毒を買いに走る。


 偽薬。病に怯える人の、藁にもすがる思いにつけこんで、毒に近いものを高値で売る。――こういう連中は、疫病のたびに必ず湧いて出る。前の世でも、そうだった。効かない水が法外な値で売られるのを、私は白い棚の向こうで、何度も歯がゆく見ていた。


「先生。どうする。もう、村じゅうが、その万能薬を、ありがたがってるぞ」


「ならば、村じゅうの前で証してみせます」私は瓶を握った。「お薬は、嘘をつきません。けれど、人は嘘をつきます。――その嘘を、剥がしにまいりましょう」


  *


 隣村の広場に、人が集まった。


 迎える目は冷たかった。よそ者の薬屋が、ありがたい万能薬にけちをつけに来た。そういう顔だった。広場の隅には、当の薬売りもいた。派手な外套の男で、余裕の笑みさえ浮かべている。


「みなさまに、見ていただきたいものがございます」


 私はまず、偽の万能薬を透きとおった水に一滴、垂らして見せた。水は、みるみる濁り、油のような膜を張った。


「ほんものの解熱の薬は、水に溶けて澄んでおります。これは、溶けずに浮く。――中身が薬草ではない証でございます」


 ざわ、と人垣が揺れた。薬売りの笑みが、わずかにこわばる。


 次に、私はリタを呼んだ。


「この子の目には、生命の力が色で視えます。……リタさん。この万能薬の色は」


 リタは瓶をのぞきこんで、はっきりと言った。


「灰色です。死んでる色。……草の力なんて、ひとかけらも、ありません」


 村人がざわめいた。半信半疑の目が、少しずつ変わっていく。


 最後に、私は代替の解熱剤――白柳とカミツレの、あの草の薬を病人に飲ませた。汗を出させ、水を足し、休ませる。半日で熱が引き、そして戻らなかった。偽の万能薬を飲んでいた病人が、ほんものの薬で快方に向かう。それが、なによりの証だった。


「……そんな高いもんじゃ、なかったのか。ただの、そのへんの草で」


「ええ。効くのは、値段ではありません。はたらきでございます」


 それから、私は集まった人々に頭を下げた。


「万能薬にすがりたくなるお気持ちは、わかります。怖いときに『これさえあれば』と言ってもらえるのは、ありがたいものですから。……けれど、どんな病にも効く薬は、この世にございません。あるのは、この病に、この手当て、という、地道な組み合わせだけでございます」


 偽薬売りは、村人の怒りの目から逃げるように、荷をまとめて姿を消した。


「先生。……あいつ、あのまま行かせちまうのかい」ゴルドが太い拳を握った。「役人はなにをしてる。誰も、ひっ捕まえに来ねえのか」


 同じことを、私も思っていた。けれど、この辺境に王都の役人はいない。街の衛兵に届け出たところで、追えるのは荷車ひとつ。売り歩く男の背を捕まえても、その薬を棚から出した手までは、届かない。


「いまは、届きません」私は正直に答えた。「ですから、届くようにいたします。……ただ、それは、寝ている病人のあとで」


 帰りぎわ、亡くなったふたりの家に寄った。私にできるのは、遺された家族の手に、ほんものの解熱剤と、あの刷り物を、そっと握らせることだけだった。間に合わなかった命の前では、どんな正しさも、少し遅い。


  *


 その夜、私は回収した万能薬の瓶をじっと見つめていた。栓の根元に、小さな刻印がある。見覚えのある――王宮医薬局の検印だった。


 偽薬に、正規の検印。市井の紛い物なら、あり得ない。この印は、医薬局を通った品にしか押されない。つまり、あの偽薬は、王都のしかるべき棚から出てきたものだ。


(……ただの、行きずりの薬売りではありませんね)


 偽薬の裏に、王宮の影。バルテルミーの手が、こんなところにまで伸びている。買い占めて薬を消し、偽薬で稼ぐ。病を、二重に金に換えている。


 私はその瓶を、そっと証拠の箱にしまった。いつか、この刻印があの男を追い詰める。


病に怯える心につけこむ、偽の「万能薬」。いちばん許せないやり口を、セラフィーナは水に垂らす一滴と、リタの目と、そして本物の効き目で、村人の前から剥がしてみせます。「お薬は、嘘をつきません」――この一語のために書いた回でした。


けれど、偽薬の瓶に刻まれていたのは、王宮医薬局の検印。買い占めだけでなく、偽薬でも稼ぐ。バルテルミーの影が、静かに濃くなります。


次回、第三十九話「眠らない人を、眠らせる薬はありません」。ヴァイスとの距離が、少し縮まります。


――ブックマークと☆の評価は、村を回る施薬箱の補充に充てさせていただきます。よろしければ、ひとつまみのご喜捨を。


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― 新着の感想 ―
この偽薬売りは、逮捕しないのですか?
この国の上層部はどうなってんの?野放しにしすぎでしょ。
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