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第33話:市場の雑草で、薬を作ります

「オウレンが手に入らないなら、オウレンで作らなければいい。ただ、それだけのことですわ」


 私がそう言うと、リタは目を丸くした。


「でも師匠、薬って、決まった草で作るものじゃ……」


「いいえ、リタさん。薬が治すのは、草の名前ではありません。草の中の、はたらきです」


 私は前世の白い棚を思い出しながら、帳面に線を引いていった。棚に並んでいた薬の、ひとつひとつの効能。あれは、名札の力ではなかった。中に含まれた、目に見えない小さなはたらきの力だった。解熱の生薬オウレンが街から消えたのなら、同じ「熱を鎮めるはたらき」を持つものを、別のところから探せばいい。


「白柳の皮。あれを煎じると、熱と痛みを鎮めるはたらきがあります。ノルデンの川辺に、いくらでも生えていますでしょう」


「白柳……あの、薪にもならないって嫌われてる?」


「ええ、その厄介者です」私は少しだけ笑った。「街の人が見向きもしない木の皮が、今から、街を救います」


 リタが目を輝かせて駆け出していった。この子は、飲み込みが早い。


  *


 それからの二日、診療所は雑草の山になった。


 川辺の白柳の皮。畑の隅のカミツレ。石垣に生えるユキノシタギク。どれも、薬種問屋の棚には並ばない、ただの「そのへんの草」だ。


 けれど、私は前世で、こうした身近な植物の一つひとつがどんなはたらきを持つかを、帳面に書き溜めてきた。買えないなら、摘めばいい。摘んだものを、正しく組めばいい。


 はじめは、リタと二人きりの作業だった。川辺で白柳の枝を選び、皮を薄く剝いでいく。冷たい水に手がかじかんでも、剝いだ皮が籠に溜まっていくのは、どこか楽しかった。


 やがて、噂を聞いた街の人が、一人、また一人と籠を手に集まってきた。


「先生。この草でいいのかい」


「うちの石垣のも、抜いてきたよ」


 見向きもされなかった雑草が、いま、たくさんの手で診療所に運ばれてくる。街のみんなが、それぞれの足もとから薬のもとを摘んでくる。私は、その一つひとつを丁寧に仕分けた。効くもの、混じってはいけないもの。素人の善意が、そのまま薬になるわけではない。選り分けるのが、薬屋の仕事だった。


 白柳の皮を刻み、水に浸し、とろ火にかける。ことこと、と鍋が鳴る。あくを掬い、色が飴色に変わるのを待つ。薬を煎じる時間は、いつも祈りの時間に似ていた。急かしても、効きは早くならない。


「グレタ婆さま。この配合、辺境の古い薬師のやり方では、どう見えますか」


 私はあえて、グレタに帳面を見せた。前世の知識だけで突き進むより、この土地の目を通したほうが間違いが減る。この街で三十年、人の生き死にを見てきた目には、私の知らない何かが映るはずだった。


「ふうん……」グレタはしわだらけの指で帳面をなぞった。「白柳とカミツレを、こう合わせるかい。あたしらは、ばらばらに使ってたよ。合わせるなんざ、考えもしなかったさ。……悪くない。いや、こりゃ、効くよ」


 辺境三十年の勘と前世の知識が、ひとつの匙の上で重なった。


 こうして出来上がった代替の解熱剤を、私は隔離の病人に飲ませた。汗を出させ、煮沸した水を足し、休ませる。三つを揃える。半日で、熱が確かに下がっていった。――そして、今度は戻らなかった。


「……効いた」リタが、ぽつりと言った。「買い占められた薬なんて、なくたって」


「ええ。お薬は、嘘をつきませんので」


 誰かが薬を握りしめて、値を吊り上げようとしても。効くはたらきが、この足もとの草に宿っているかぎり、私たちは負けない。


  *


 けれど、喜んでいる暇はなかった。


 その夜、街の門に幾台もの荷馬車が着いた。南の村々から、熱を出した者が次々と運ばれてくる。街道沿いに、病はもう、北へ北へと渡りはじめていた。


 診療所の床に筵を敷きつめる。それでも足りず、隣の空き家まで借りた。煎じ薬の鍋を、いくつも、休みなく火にかける。ことこと、ことこと。その音だけが、眠らない夜の拍子になった。


「師匠、次の鍋、できました」


「ありがとう。……リタさん、あなたも、少し休みなさい」


「師匠が休んだら、休みます」


 この子は、こういうときだけ頑固だ。私は何も言えずに、ただ、うなずいた。


 そして――運ばれてきた老人の一人は、診療所に着く前に、すでに冷たくなっていた。


 私はその手を握った。乾いて、軽い手だった。まだ間に合わなかった命の重さ。数えきれなかった、ひとつめの命。


(急がなければ。この薬を、もっと早く、もっと多くの人に)


 春の夜風が南から病の匂いを運んでくる。小さな勝利のあとには、いつも、もっと大きな戦いが待っていた。


買い占めの壁を、セラフィーナは「足もとの雑草」で突破しました。効くのは名前ではなく、はたらき――前世の管理薬剤師の知識が、辺境の草と結びついて、小さな勝利をつかみます。


けれど疫病は、待ってくれません。街道を北上し、ついに辺境ノルデンへ。そして、間に合わなかった最初の命……。ここからが、本当の総力戦です。


次回、第三十四話「眠らない薬屋の、夜」。


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