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婚約破棄された悪役令嬢は、辺境で薬屋をはじめます 〜王宮の薬はすべて私が支えていましたが、納品停止いたしますね。お大事になさってください〜  作者: 白崎リラ


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第26話:卒業検品

「ユリウスさん、ノエルさん。研修の修了試験を行います」


雪解けの気配が近づいた朝、私は二人にそう告げた。


ひと冬の研修で、二人は見違えた。栄養剤の調合は安定し、検品の目は、もう私の手直しがほとんど要らない。王都の検品体制再建という本来の任務に、十分応えられる腕だ。


けれど、最後にひとつだけ、確かめておきたいことがあった。


「課題は、これです」


私が診察台に置いたのは、一通の「処方依頼書」だった。


『王都某伯爵家より。当家の薬師が調合した強壮剤を、貴職の検印付きで納品されたい。検品は形式で構わない。報酬は通常の五倍』


二人の顔色が、変わった。


「し、師匠、これは……」


「実在の依頼です。先週、王都から私宛てに届きました。差出人の名は伏せますが。――さて、お二人ならどう返しますか。これが試験です。半日、差し上げます」



半日後。


「ぼ、僕から、いいですか」


ユリウスさんの答案は、突き返しの書状だった。それも、見事に官僚的な。


「『検印は検品の結果であり、形式での発行は検印制度そのものの信用を毀損するため、お受けできない』。──規定と先例を、本文に三つ引きました。貴族は、規定で断られると意外に引き下がります。角を立てずに、しかし一歩も引かない文面にしたつもりです」


「満点です。では、ノエルさん」


「お、おれは……断るのは同じなんですけど、その、ちょっと違うことを」


ノエルさんの答案は、書状ではなく――検品の見積書だった。


「『形式の検品はできません。でも、本物の検品なら通常料金でお受けします』って。……だって師匠、五倍も出して検印を欲しがるってことは、裏を返せば自分とこの薬師の腕が信用できてないってことでしょう。本当に要るのは判子じゃなくて、検品そのものなんじゃないかって」


私は、思わず笑ってしまった。


「――どちらも、合格です」


ユリウスさんの答えは、制度を守る官の答え。ノエルさんの答えは、患者の困りごとまで遡る、町場の薬師の答え。


「王都の検品体制には、その両方が要ります。規定で門を守る人と、門の外の事情を汲む人と。……お二人が二人で一組なのは、そういうわけです。向こうでも、喧嘩しながら組みなさい」


「「……はい!」」



出立の前夜、店でささやかな宴をした。


マーサさんが燻製を、ゴルドさんが酒を持ち込み、グレタ婆が昔語りで若手二人を脅かし、リタさんは「九回目」の自慢を今さらもう一度した。


宴もたけなわの頃、ユリウスさんが、姿勢を正して私の前に座った。


「師匠。最後に、ひとつ白状があります」


「なんでしょう」


「僕がこの研修に志願した時……いえ、志願ではありません。実は、行けと命じられたんです。とある方に。『あの店で冬を過ごせば、お前の薬学は本物になる』と」


「あら。どなたです?」


「宰相閣下です。……僕の大叔父なので」


店が、しんとなった。


名簿に細工を握り潰してきたのは知っていたが、まさか身内を放り込んでいたとは。あの古狸、どこまで手が回っているのか。


「だ、大叔父は言っていました。『王宮の検品体制は、いずれ必ずまた腐る。人は替わり、判は緩み、白髭のような者はまた現れる。だから制度に、北の店の流儀を縫い込んでこい』と。……僕は、その意味が、来た頃は分かりませんでした。今は、分かります」


ユリウスさんは、深々と頭を下げた。


「失敗を記録すること。規格より患者を見ること。検品は信用の仕事だということ。――全部、持って帰ります」


「ええ。持っていってください。元手はかかっていませんので、利子も要りません」


「あと、これ……餞別の逆ですが、置いていきます」


彼が差し出したのは、一冊の帳面だった。表紙に几帳面な字で『栄養剤失敗記録・全二十二敗』。


「次の研修生に。僕たちの恥は、教科書にしてこそなので」



翌朝、二人は王都への馬車に乗った。


「先生ーっ! お元気でーっ! 火の見回り、王都でもやりますからーっ!」


ノエルさんが、窓から身を乗り出して手を振る。リタさんが、雪解けのぬかるみも構わず馬車を追いかけて、転んで、泣いた。ひと冬の兄弟子たちは、もう行ってしまった。


「……行きましたね」


「ああ」


見送りに立っていた閣下が、ぽつりと言った。


「これで王都は、貴女の流儀の検品官を二人、抱えることになる。……気づいているか、先生。貴女が冬の間にしたことの意味を」


「研修を一件、納品しただけですけれど」


「いいや」


閣下は、南へ去る馬車を見ながら言った。


「王太子の薬は、もう王都で作れる。検品の目も、王都に育った。――つまり王都は今後、貴女がいなくても回る。貴女は自分の唯一無二を、この冬、自分の手で解体した。……普通は、できんことだ。誰だって、自分の値打ちは握っておきたいものだからな」


「閣下。それは逆ですよ」


私は、春の匂いのし始めた風に、目を細めた。


「いなくても回るようにして、初めて、私はいたい場所にいられるんです。……それが、この店ですので」


南へ去る馬車を、雪解けの泥が追いかける。あの二人が王都の検品室の扉を開ける頃、王都ではもうひとつ、別の扉が動こうとしていた。


訴追決議の、扉が。


弟子ふたり、王都へ巣立ちました。失敗記録・全二十二敗は、当店の家宝になります。次回は、検める人が増えた王都の様子を少し。空席になった局長の椅子と、訴追の行方です。ブックマークと評価は、餞別がわりにいつでもどうぞ。


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