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婚約破棄された悪役令嬢は、辺境で薬屋をはじめます 〜王宮の薬はすべて私が支えていましたが、納品停止いたしますね。お大事になさってください〜  作者: 白崎リラ


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第25話:駆け込みの荷馬車

雪解けには、まだ早い時期だった。


「師匠! 市場が変だよ!」


買い出しに行ったリタさんが、息を切らして帰ってきた。


「薬草の買い取り屋台が、三つも出てる。よその商会の人たち。それで、値段がおかしいの。ギンヨモギが、うちの買値の二倍!」


二倍。この真冬に。


冬のノルデンでは、薬草はほとんど採れない。出回るのは、各家が秋に蓄えた冬越しの手持ち分だけだ。それを、相場の二倍で買う。


「リタさん。屋台の商会の名前は、分かりますか」


「えっとね、三つとも知らない名前。でも荷馬車の轍が、ぜんぶ北街道のほう……あっ」


聡い弟子は、自分で気づいた。北街道。聖樹の丘を抜けて、王都へ続く道だ。


――保護条約の発効は、春。つまりこの冬が、旧いやり方で買い漁れる最後の季節。ノエルさんの聞いた「駆け込み」の噂が、ついに街まで来た。



「手は、すでに打ってある」


報せを持って行った領主館で、閣下は地図を広げた。


「貴女の条約は春からだが、領法は今日も生きている。『根を残し、群生の三割を残す』――昨秋、貴女に頼まれたお触れだ。春を待たず出しておいた。山に入る採取人には、全員適用される」


「ですが閣下、屋台は『買い取り』です。採るのは地元の人たち。お触れを破らせるのは、二倍の銭で目を眩まされた、街の人自身になります」


「ああ。そこが連中の狡いところだ。罰すれば、領主が領民を罰する図になる。買い手は法の外で、札束を振るだけ。……五年前と、三十年前と、同じ手口だ」


閣下は、地図の上で、こつ、と指を鳴らした。


「だから今回は、こちらも買い手で対抗する。――先生。ギルドと組んで、領の備蓄買いをやれないか。相場の二倍には付き合わん。だが、冬の手持ちを売りたい者の薬草を、適正価格で、領が春まで預かり買いする。売り急ぎの理由を、こちらが先に潰す」


「……つまり、安心を先に配る、と」


「そうだ。それと並行して、山番の見回りを倍にする。雪のあるうちは、入れる沢が限られるからな。守りやすい」


見事な処方だと思った。罰ではなく、受け皿。


「では私からも、一つ処方を足します。検品箱を作りましょう」


「検品箱?」


「よその屋台に売る前に、うちの店で無料の検品を、と街に触れ回ります。等級の見立てと、適正価格の値札付き。……二倍の買値が本物か、皆さん、確かめたくなる頃ですので」



検品箱は、効いた。


「先生よ、これ、屋台で『最上級だ、銀貨四枚』って言われたんだが」


「拝見します。……等級は中の上。乾燥は見事ですが、採取が少し早かった。正直な値は銀貨二枚です。――ですがゴルドさん、四枚で買うと言うなら、売っていいんですよ? それは詐欺ではなく、ただの高値ですので」


「……いや、やめとくわ。なんか気味が悪ぃ。相場知らねえはずのよそ者が、相場の倍を出すってのは、つまり俺の知らねえ儲けの算段があるってことだろ」


そのとおり。市場で生きる人の勘は、検品より速い。


噂は噂を呼び、屋台の前から人が引いた。さらにギルドの預かり買いが始まると、売り急ぐ理由そのものが消えた。


三つの屋台は、十日で二つに減り、半月で消えた。



――消えた屋台の報告書を、王都の薄暗い書斎で握り潰した男がいる。


「役立たずどもが……! たかが田舎の薬屋ひとつに……!」


バルテルミー・クローヴ。


議会の訴追決議を間近に控え、官位は事実上の停職。残された時間と金で、男は最後の蓄えに走っていた。北の薬草を、買えるだけ買う。来るべき「商機」のために。


机には、南方の地図が広げてある。港町のいくつかに、赤い印。


「南で熱病が湧いた。船は止まらん、人は動く。……いずれ王都に着けば、薬草の値は三十年前のように跳ねる。疫病は、薬屋の祭りだ」


検品にうるさい小娘の山からでなくとも、買い付け先は他にもある。質などどうでもいい。効くと信じて買う者がいれば、それでいい。


男は嗤った。嗤いながら、その指が無意識に、机の抽斗を撫でる。


抽斗の奥には、古い帳面。三十年前の「祭り」の仕入れ台帳と――東方の、とある精製術の覚え書きが、眠っている。



「……というわけで、屋台は退散しました。閣下の預かり買いの勝ちです」


治療日の枕元で報告すると、熱の浮いた顔の閣下は、ふ、と笑った。


「貴女の検品箱の勝ちだ。……だが、妙に静かすぎる。あの手の連中は、損切りの後が一番きな臭い。次は何を買い漁る気か」


「ええ。実は私も、ひとつ気になっていることが」


私は、ノエルさん経由で届いた、王都の下町の噂を口にした。


「王都の薬種問屋で、解熱剤の原料だけ、買い占めの動きがあるそうです。冬の流感は、もう峠を越えたのに」


「……解熱剤、だけ?」


「はい。まるで――これから大きな熱の波が来ると、知っているかのような」


閣下の、熱に浮いた目が、すっと醒めた。


「先生。それは、屋台より、よほどきな臭い話だ」


「ええ。北の山を諦めた男が、次に何の支度をしているのか。……解熱剤の原料は、何の熱に効かせる気なのか」


窓の外で、軒の氷柱が、ぽたりと一滴、雫を落とす。


雪解けは、もうそこまで来ている。山が、そして遠い南が、同じ春を待っていた。


駆け込み買い、第一波は撃退です。ですが白髭は「祭り」の支度を始めた模様。次回、弟子ふたりの巣立ちと、卒業検品のお話。ブックマークと評価の買い占めは、いつでも歓迎です。


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