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婚約破棄された悪役令嬢は、辺境で薬屋をはじめます 〜王宮の薬はすべて私が支えていましたが、納品停止いたしますね。お大事になさってください〜  作者: 白崎リラ


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第24話:左手の剣

根治治療、二回目の朝のことだった。


治療明けの経過を診に領主館へ行くと、閣下が中庭にいた。


雪かきされた演習場の真ん中で、上着も羽織らず、剣を構えている。


――左手で。


「……カイルさん。あれは」


「止めたのです、私は」と、従者どのは半泣きだった。「治療明けは絶対安静と、あれほど」


「明けてから二日経った。安静は守った」と、当の患者は涼しい顔である。


閣下は、ゆっくりと型をなぞり始めた。


素人の私が見ても分かる。ぎこちない動きだ。五年間、麻痺していた手なのだから当然だった。剣先は震え、握りは何度も狂う。


それでも閣下は、同じ型を、何度も繰り返した。


やがて、一通りを終えると、剣を下ろして、自分の左手をじっと見た。


「……感覚が、戻ってきている。指の付け根まで。去年は、手首から先は他人の手だった」


「経過は良好です。ですが閣下、なぜ左手の剣を? 右手がご無事なのですから、戦うだけなら」


「シュトラールの型は、双剣だ」


閣下は、こともなげに言った。


「代々、北の国境を守る剣は二本。五年前から、俺は半分の領主だった。……兵には言わせなかったがな。皆、知っていた」


ああ、と思った。


この方の物差しは、これなのだ。発作の回数でも、痺れの範囲でもなく。


二本目の剣が、握れるかどうか。


「――では、治療計画に一行、書き足します」


私は、往診鞄から計画表を出した。


「目標欄です。今は『毒の完全な分解』とだけありますが……『双剣の型の、完全な復元』と。目標は、患者さんの言葉で書くのが一番効きますので」


閣下は、目を見開いて、それから、ひどく無防備に笑った。


「……ああ。それで頼む」



その日の診察のあと、閣下は珍しく、自分から昔の話をした。


「五年前の、あの戦の話をしよう。貴女には、聞いてもらう義理がある」


国境の小競り合いだった、という。敵は東方の山賊崩れの傭兵団。撃退そのものは、たやすかった。


「妙な戦だった。連中、略奪が目的のはずが、引き際だけは異様に統制が取れていた。そして退き際に、流れ矢が一本。鎧の継ぎ目を、正確にだ。……流れ矢が、そんな芸当をするか?」


「……狙われた、と」


「ああ。あの傭兵団は、矢の一本を射るために雇われた駒だ。時期も、できすぎていた。俺が薬草搬出税の法案を、領議会に出す十日前だった」


閣下は、左手を開いては、閉じた。


「貴女が『精製された毒』と言ってくれるまで、俺は、自分の運の悪さを呪うだけだった。……運ではなく、仕事だったと分かれば、話は早い。仕事には、依頼主と、職人と、対価の流れがある。一本ずつ、辿れる」


「……影働きの方々の調べは、その後?」


「進んだ。五年前、クローヴ商会の荷が、傭兵団の根城近くの宿場を通った記録が出た。中身は『香料』。……香料を、傭兵の根城へ?」


線が、また一本、繋がりかけている。


けれど閣下は、首を振った。


「まだ足りん。荷の記録だけでは、法廷で笑われて終わりだ。あの男を仕留めるには、毒そのもの――現物か、製法の証拠が要る」


「毒の現物、ですか」


「ああ。……そこでだ、先生。折り入って、薬師としての貴女に依頼がある」


閣下は、居住まいを正した。


「根治治療で、俺の体から毒を抜くのだろう。その抜いた毒を――証拠として、検品調書にしてくれないか」


息を、呑んだ。


患者の体そのものが、犯行の現物保管庫。五年間、骨の際に保管され続けた、消えない証拠品。


「毒の成分、精製の手口、推定される製法。貴女の検品の目で、調書を作ってほしい。王宮の薬学者が追試できる形式で。……できるか」


「――できます」


私は、即答していた。


頭の中では、もう手が動き始めている。治療のたびに血へ引き剥がされる毒を、一服ぶん、小瓶に。沈殿を待ち、上澄みを分け、灯にかざして色を見る。匂いを記し、結晶の形を写す。第一次、第二次――月を追って同じ手順を重ねれば、ばらつきの中から、精製の癖が浮かぶ。職人には、必ず手癖がある。


「むしろ、薬師にしかできない仕事です。お任せください。……ふふ」


「? 何かおかしいか」


「いえ。あの白髭は、つくづく相手を間違えたと思いまして。検品の女を追放した先が、よりにもよって、ご自分の三十年の現場の隣だったんですから」


閣下は、声を立てて笑った。


「違いない。――では先生、改めて。俺の体に居座る客人を、よろしく頼む。退去の際は、調書付きで」


「承りました。当店、検品は無料サービスですので」



帰り道、雪の街道で、私は自分の手のひらを見た。調合をする手が、これから三十年の歪みを断つ証拠を作る。


(お薬は、嘘をつきません)


ならば毒も、嘘をつかない。あの白髭が三十年隠してきた仕事を、骨の際の毒が、月に一度、一服ずつ、調書に書き起こされていく。証拠は、王都へは早馬で五日。


――もっとも、その白髭のほうも、この冬を黙って見ているつもりはなかったらしい。


数日後。市場へ買い出しに出たリタさんが、息を切らして店に駆け込んでくることになる。


患者の体が、最強の証拠保管庫でした。検品調書、作成開始です。次回、雪解け前の駆け込み買いと、山をめぐる攻防。白髭の最後の仕入れが動き出します。ブックマークと評価も、調書級に正確に拝見しております。


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