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婚約破棄された悪役令嬢は、辺境で薬屋をはじめます 〜王宮の薬はすべて私が支えていましたが、納品停止いたしますね。お大事になさってください〜  作者: 白崎リラ


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第17話:特注薬、再開。ただし——

「研修生二名、『栄養剤』の調合に成功しました。十一回目と、十三回目で」


王都への報告書に、私はそう書いた。


ユリウスさんとノエルさんは、抱き合って泣いた。リタさんが「あたしは九回目でできたけどね」と謎の対抗心を燃やしていたのは、見なかったことにする。


これで、殿下の維持薬は王都で作れるようになる。研修の第一目標は達成だ。


そして同じ週、王宮府から、想定どおりの書状が届いた。


『維持薬の安定供給体制が整うまでの間、特注薬の調合をグランヴェル嬢に正式委託したい。条件を提示されたし』


来た。


私はこの一通を、ずっと待っていた。


「――閣下。お知恵を拝借できますか。これは薬学ではなく、商いと政の調合ですので」



領主館の執務室で、閣下は私の書いた条件書の草案を、二度読んだ。


「……ふ。は、ははは!」


そして、声を立てて笑った。


「とんでもないことを考える。委託料は相場どおり、か。慎ましいことだ。その代わりに、こちらの条項を呑め、と」


条件書の第三項。そこには、こう書いてある。


『王宮府は、ノルデン産薬草の買い付けについて、以下を保証すること。


一、買い付け価格は、ノルデン薬師ギルドの定める適正価格を下回らないこと。


二、買い付け量は、ギルドの定める年間上限を超えないこと。


三、採取は「根を残し、群生の三割を残す」領法に従うこと。


四、以上に違反した買い付けが確認された場合、特注薬の供給は即時停止する』


「お気づきになりましたか」


「ああ。これは商談の皮を被った、山の保護条約だ」


そのとおり。


宰相の置いていった「独り言」のあと、私はグレタ婆とギルドの台帳を三十年分、洗い直した。


数字は、はっきりしていた。ノルデンの薬草の出荷量は三十年で四倍。買い付け価格は、ほぼ据え置き。聖樹の丘の周辺に至っては、ここ十年、上物の薬草がほとんど育たなくなっている。


採りすぎだ。山が、削られている。


「正面から『乱獲をやめろ』と訴えても、王都は動きません。買い叩きの仕組みは三十年もので、どこかの白髭の懐に深く根を張っていますので。――ですが」


「殿下の薬を人質に取れば、王宮府は呑まざるを得ない、か。……えげつないな、先生?」


「人聞きの悪い。相場どおりの正直な取引を求めているだけです。条文のどこにも、嘘も脅しもございません」


「ああ、そこが一番えげつない」


閣下は笑いながら、ペンを取った。


「領主として連署しよう。これは領法の話でもある。……それにしても」


署名をしながら、閣下はふと、声を落とした。


「貴女は、王太子の薬で王宮と渡り合い、勝ち取るものが自分の名誉でも財でもなく、山の薬草とは。……欲のない」


「欲だらけですよ、私は」


私は、窓の外の白い山並みを見た。


「あの山は、私の店の生命線です。リタさんの代も、その弟子の代も、ずっと。――百年先の在庫の話をしているんです。これ以上の強欲が、ありますか?」



条件書は、十日で承認されて戻ってきた。


ただし、王宮府の承認印の隣に、医薬局の所管事項としての副署が要る。副署の欄の名前は――バルテルミー・クローヴ。


「……署名、しましたね。あの局長が」


戻った書面を見て、私は正直、驚いた。


ノエルさんが、王都の事情を教えてくれた。


「断れなかったんだと思います。調査委員会の件で、局長、今すっごく立場が悪いんで……ここで殿下のお薬の供給を妨げたら、それこそ命取りですから。でも……」


「でも?」


「下町の知り合いから、変な噂を聞きました。局長の息のかかった商会が、ここ最近、北部の薬草の買い付け権を、手当たり次第に買い漁ってるって。まるで……駆け込みみたいに」


条約発効は、来春。


つまりこの冬の間は、まだ旧い値段で、旧いやり方で、買えるだけ買える――。


窓の外で、風が唸った。聖樹の丘のほうから吹く、北風だった。



「師匠、師匠! 大変、というか、すごいもの来た!」


数日後。リタさんが抱えてきたのは、王宮からの荷だった。


特注薬の委託料、初回分。それと、別便の小さな包み。


包みの中身は、上等な料紙の手紙が一通。


『グランヴェル嬢


特注薬、確かに受け取った。よく効く。よく効くから、なお苦い。


そなたが八年間、私に何を飲ませてくれていたのか、いまさら全部、侍医から聞いた。


礼は言わない。そなたに礼を言う資格を、私はまだ持っていない。


ただ、知らせておく。調査委員会は近く、結論を出す。


私は今度こそ、自分の目で証言を検める。全部だ。


アロイス』


「……殿下からって、ほんと? なんて書いてあるの?」


「『薬が苦い』という、患者さまの苦情です」


「ええー……王太子さまでも、そういうの言うんだ……」


ええ。言うんです。


そして患者が薬の苦さを正直に言えるようになったのは、回復の証拠でもあるので――処方は、このままでいいでしょう。


山の保護条約(という名の商談)、成立です。ただし白髭の駆け込み買いが不穏。次回、章の締めくくりは雪の夜のお茶会です。ブックマークと評価は、百年先まで作者の生命線です。


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