第16話:王都からの弟子、ふたり
「王宮医薬局より参りました、ユリウス・フォン・アッヘンバッハです。男爵家の四男、王立学院薬学科を次席で卒業……」
「ノ、ノエルです! その、平民ですが、下町の薬種屋で十年、丁稚から……よ、よろしくお願いしますっ」
雪の朝、店の前に立った研修生二人は、見事なまでに対照的だった。
銀縁眼鏡の貴族の子息と、そばかす顔の小柄な青年。
ユリウスさんのほうは、店構えを見た瞬間、眼鏡の奥の目が「は?」と言った。口には出さなかったが、目が言った。王宮の検品体制を支えた薬師の店が、辺境の市場通りの、この小さな構えとは――と。
「ようこそ、お二人とも。早速ですが、研修を始めます。初日の課題はこちら」
私は、二人の前に薬草の山を置いた。今朝、買い取り窓口に持ち込まれたばかりの、玉石混交の山である。
「使えるものと、使えないものに分けてください。制限時間は一刻。理由も添えて」
「……仕分け、ですか。学院の初年次でやりましたが」
ユリウスさんが、わずかに鼻白む。ノエルさんは、もう袖をまくっていた。
一刻後。
「終わりました。等級別に七分類。学院の規格に準拠しています」
ユリウスさんの仕分けは、美しかった。教科書どおりの、完璧な分類。
「ノエルさんは?」
「え、えっと……三つの山に。『すぐ使う』『干し直せば使える』『お金を返して謝って捨てる』……です。あの、それと師匠……じゃなくて先生、これ」
ノエルさんが、おずおずと一本の根を差し出した。
「等級は最上なんですけど、断面の艶が変で……これ、たぶん、掘ってから水に漬けて目方を増やしてます。下町でよく見たやつで」
「――満点です」
私は、その根を二つに折った。じわり、と水が滲む。
ユリウスさんの眼鏡が、ずり落ちた。彼の七分類の最上級の山に、その水増しの根は、堂々と鎮座していたのである。
「なっ……ぼ、僕は規格どおりに……!」
「ええ、規格どおりでした。そして規格は、騙す側も読んでいます」
私は、二人の顔を順に見た。
「ユリウスさん、あなたの知識は本物です。ノエルさん、あなたの目も本物です。そして二人とも、半分ずつ足りません。――ですからこの冬、お互いから盗んでください。授業料は要りません。それが当店の流儀です」
*
研修は、めまぐるしく進んだ。
午前は検品実習。午後は調合。夜は、王宮検品手順書の読み合わせ。
「『栄養剤』の調合、本日が一回目です。手順書どおりに、どうぞ」
殿下の維持薬――例の小瓶の調合は、研修の山場だった。
結果。ユリウスさん、煮詰めすぎて焦がす。ノエルさん、火を恐れて煮詰め足りず。
「に、二人とも失敗……すみません……」
「おめでとうございます。予定どおりです」
「「予定どおり?」」
「手順書には『最初の十回は失敗する』と書きました。あれは脅しではなく、引き継ぎの設計です。何回目で、どの工程で、どう失敗したか――記録を取ってください。あなたたちの敗北が、三人目の研修生の教科書になります」
ノエルさんは目を輝かせて筆を取り、ユリウスさんは「失敗を、記録する……王宮では、隠すものでしたが」と、世界の真理に触れた顔をしていた。
隠さず書き残す。それだけのことを、王都はこの八年、ただの一度もしなかった。だから殿下の小瓶は、私が去った朝、再現する者のない一枚の白紙になった。
――同じ轍は、踏ませない。この冬の失敗の山が、二度とあの白紙を作らないための備えになる。
*
事件は、研修五日目に起きた。
「やめろよ! リタはおれたちの先輩だぞ!」
店の裏手から、ノエルさんの声がした。
行ってみれば、ユリウスさんとリタさんが、薬研を挟んでにらみ合っている。
「……僕は事実を言ったまでです。読み書きも怪しい子どもが調合台に立つなど、王宮では考えられない。危険だと言ったんです」
「あ、あんたなんか、ギンヨモギとニガヨモギの区別もつかなかったくせに!」
「なっ、あれは乾燥標本と色味が違って」
「山のもんは標本と違って当たり前でしょ、ばーか!」
はい、そこまで。
「ユリウスさん。リタさんは当店の弟子その一です。そして、あなたの指摘は半分正しい」
「し、師匠!?」
「リタさん、読み書きの練習帳、最近さぼっていますね? 調合の腕がいくら上がっても、記録の書けない薬師に、私は調合台を任せません」
リタさんが、ぐぬ、と詰まった。
「そしてユリウスさん。あなたの言い方は、半分どころか全部間違いです。『危険だ』と言うのは、安全にする方法を考えてからにしてください。――では解決策をどうぞ。あなたが先生です」
「……は? ぼ、僕が?」
「読み書きなら、学院次席どのの得意分野でしょう。リタさんの練習帳、今夜から見て差し上げてください。お礼にリタさんは、山の生薬の「標本と違うところ」を全部教えること。いいですね?」
二人は、互いに嫌そうな顔をして――その夜から、帳場の隅に小さな寺子屋ができた。
十日後には、リタさんの練習帳の字が見違え、ユリウスさんの検品から「標本と違う」という言い訳が消えた。
子どもの吸収力と、若者の柔軟さは、薬よりよく効く。
*
夜。寝静まった店の帳場で、私はノエルさんの置いていった包みに気づいた。
王都の下町の焼き菓子と、一通の手紙。「先生に渡してくれと、王宮で頼まれました」と言っていたものだ。
差出人の名前に、私は少しだけ目を見開いた。
聖女ミレーユ。
『わたしの祈りは、痛みを消すことしかできません。
それでも――誰かを治す側に、なれるでしょうか。
教えていただきたいのです。あなたの薬学を』
便箋の端に、消しきれなかった文字の跡が、いくつも残っていた。書いては消した「ごめんなさい」の跡が。
私は、ペンを取った。
返事は、一行だけにした。
『なれます。祈りを覚えたあなたなら、養生学は半分修めたも同然ですので。――続きは、春に』
封をして、私はもう一通の便箋を引き寄せた。こちらは、春まで待てない。
宛先は、王宮府。用件は、研修生二名、調合の習熟成る、の一行。
これを送れば、向こうは必ず動く。殿下の小瓶を、誰が、どこで、どう作り続けるのか――その取り決めを、迫ってくる。
ペン先を、インクに浸す。
王都との、二度目の交渉が始まる。今度は、薬の調合ではない。商いと、政の、調合だ。
辺境の寺子屋、開校しました。さて次回、王都から「特注薬を正式に頼みたい」との書状が。受けるか、否か――条件をつけるなら、何を。焦がした栄養剤も、いつか教科書になります。ブックマークと評価の記録も、作者の練習帳に大切に付けております。




