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婚約破棄された悪役令嬢は、辺境で薬屋をはじめます 〜王宮の薬はすべて私が支えていましたが、納品停止いたしますね。お大事になさってください〜  作者: 白崎リラ


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第15話:公式謝罪

雪が根を下ろした頃、王都から二度目の使節が来た。


今度の正使は、宰相その人だった。


御年七十。国政の生き字引と呼ばれる老臣が、雪の街道を十日かけて、自ら北へ上ってきたのである。領主館どころか、市場通りの私の店の前に、宰相府の馬車が停まったときには、さすがに街中が凍りついた。


「……店内でよろしいか、グランヴェル嬢。この話は、貴女の城でするのが筋と思うての」


炉端の椅子に腰を下ろした老宰相は、従者に四角い漆塗りの箱を運ばせた。


中身は、三通の文書だった。


「一通目。調査委員会の中間報告書じゃ」


分厚い綴りを、宰相は私の前に置いた。


「夜会で読み上げられた『証言』、全十七件。すべて裏を取り直した。――結論から言えば、十七件すべて、虚偽もしくは伝聞の捏造。出所を辿れば、一人の人物の周辺に行き着いた。名は、まだこの場では言わぬ。司直の手が届く前に逃すわけにはいかんのでな」


言わずとも、白髭のお顔が浮かびましたけれど。


「二通目。婚約破棄の撤回……ではなく」


宰相は、そこで初めて、皺深い目に苦笑を浮かべた。


「『婚約破棄に伴う一切の罪科の取り消しと、名誉の回復』じゃ。破棄そのものは、撤回せぬ。……貴女は、戻りたくなどなかろう?」


「ええ。まったく」


「であろうな。殿下にもそう申し上げた。『取り消して差し上げるのが誠意と思うなら、それは二度目の身勝手ですぞ』とな」


この老人は、話が分かりすぎる。


「そして三通目が――これじゃ」


最後の一通は、王家の紋章入りの、正式な書状だった。


『セラフィーナ・グランヴェル嬢へ


王家は、貴女に対してなされた不当な断罪と、八年間の功績への無視と、その後の遇し方のすべてについて、公式に謝罪する。


この謝罪は、貴女に何の義務も負わせない。


王家の記録に、過ちは過ちとして、永く残される。


アロイス』


最後の一文の下に、見覚えのある、けれど記憶より遥かに硬い筆跡で、署名があった。


「……『何の義務も負わせない』」


「殿下が、ご自分で書き加えた一文じゃ。『謝罪と引き換えに何かを求めたら、それは謝罪ではなく取引になる』と。……あの方は、病で寝ついてから、ようやく頭が回り始められたわい」


宰相は、ずず、とリタさんの淹れた茶を啜った。


「受け取りは、強要せん。破り捨てる権利も、貴女にある」


私は、書状をもう一度、最初から読んだ。


不思議なものだ。


怒りは、湧かなかった。喜びも、思ったより、ずっと小さかった。


ただ――胸の奥で八年間、ずっと締まっていた小さな螺子が、かちりと音を立てて緩んだ。そういう感触だけが、確かにあった。


「……お受け取りします」


「そうか」


「ええ。それと宰相閣下。涙の和解や、感動の帰還をご期待でしたら、お茶のお代わりだけ出して、お帰りいただこうかと」


「はっはっは! 誰がするか、そんな期待。……ああ、よい茶じゃ。弟子御の腕かな」


帳場の陰で聞き耳を立てていたリタさんが、飛び上がった。



実務の話は、早かった。


研修生二名の人選名簿。私はそこから、バルテルミー局長の派閥に印のついていない二人を選んだ。平民出の若い薬師と、没落男爵家の四男だという。


「ふむ。……ところで嬢や。名簿に細工がなかったか、なぜ聞かん」


「閣下が自ら名簿をお持ちになった時点で、細工を握り潰してこられたのだと思いましたので」


「……まったく、北の伯が囲い込むわけじゃわい」


なんですかそれは。


帰り際、宰相は戸口で振り返り、ふと、声を落とした。


「……時にグランヴェル嬢。これは老人の独り言じゃがな。調査の過程で、妙なものを見つけた」


「妙なもの?」


「医薬局の裏帳簿……の、さらに裏よ。三十年前から、北の山の薬草が、不自然な安値で王都に流れ続けておる。買い付けの名義は毎年変わるが、金の流れの行き着く先は、同じ穴じゃ。……北の山、とは」


「――この街の、山ですね」


聖樹の丘を行く、あの荷馬車の列が、頭をよぎった。


「年寄りの勘じゃがの。あの白髭の罪は、夜会の茶番などより、よほど根が深い。……気をつけられよ。あれは追い詰められておる。追い詰められた鼠は、薬の知識のある鼠は、何を齧るか分からんでな」


雪の中、宰相の馬車は南へ帰っていった。



その晩、定期診察に来た閣下に、謝罪文を見せた。


閣下は無言で三度読み返し、それから一言、「……署名の筆圧だけは、本気のようだな」と評した。辛口である。


「これで、一区切りです。罪科は消え、名誉とやらも戻り、王都とは正規のお取引先になりました」


「ああ。……それで、貴女はどうする。名誉が戻ったということは、王都の社交界にも、公爵家にも、戻る道が開いたということだが」


「閣下」


私は、診察記録を付けながら、笑ってしまった。


「私、明日の朝は薬草の検品があります。昼はマーサさんの腰の往診、夕方はリタさんの生薬学の講義。明後日は研修生二人が王都から着きます。……戻る暇など、どこにもありませんけれど?」


「……ふ。そうか。そうだったな」


閣下は、心底安心したように、肩の力を抜いた。


その顔があまりに分かりやすかったので、私は診察記録の端に、本日の所見をひとつ書き足しておいた。


『経過良好。ただし患者は、嘘が下手』

謝罪、受領いたしました。さて次回、王都からの弟子がふたり到着します。にぎやかになりますよ。ブックマークと評価も、何の義務も負わせませんので、ぜひ。


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