第13話:診ません。ただし、診られる人間を育てます
勅使の一行は、雪の積もり始めた街道を、二十騎で到着した。
会見の場は、領主館の大広間。閣下の計らいである。「貴女の店では、向こうの数で圧してくる」と。
上座に私。隣に立会人として閣下。下座に、王宮府の使節団。
正使は、宰相府の次官だという白髪の官吏だった。彼は着座するなり、深々と頭を下げた。
「グランヴェル嬢。まず、王宮府を代表して申し上げる。――此度の願い、国の不明を恥じた上での願いである」
先日のダレル氏とは、何もかもが違った。本気だ、ということだけは伝わった。
「アロイス殿下のご容態は、進んでおられる。祈祷で抑えられる間隔は、すでに半日を切った。侍医団は病名すら特定できておらん。……貴女しか、おらんのだ。どうか、王都へ」
「お断りします」
広間が、凍りついた。
次官の白髪が、わずかに震える。けれど私は、間を置かずに続けた。
「――と申し上げるのが、お話の半分。残り半分を聞いていただけますか」
私は、用意した紙の束を、卓の上に置いた。
「私は王都へ参りません。ですが、殿下の治療は引き受けます」
「……どういう、ことか」
「ここに、三つの品があります。これが私の処方です」
*
一つ目の束を、次官の前に滑らせる。
「第一に――病態の記録。殿下のご病名、八年間の経過、発作の引き金、効いた処方と効かなかった処方。私の頭の中にあるすべてを、書き起こしました」
次官の後ろに控えていた侍医団の代表が、ひったくるように紙をめくり――数枚で、顔色が変わった。
「ば、馬鹿な。脈道狭窄の所見から、発作の前駆症状まで……っ、これだ、我々が二月探し続けた病態が、全部……!」
「第二に、調合手順書。例の『栄養剤』の正式な処方と、調合の全手順。材料の規格、火加減、攪拌の回数、冷ます時間まで、図解付きで」
「で、では、これさえあれば王宮医が」
「作れません」
私は、はっきりと申し上げた。
「手順書どおりに作っても、最初の十回は必ず失敗します。生薬の見極めと、煮詰めの引き際は、紙では伝わりませんので。……侍医団の皆さまは、優秀な『医師』です。ですが、これは『薬師』の仕事。畑が違います」
「ならば、どうせよと……!」
「それが、第三です」
私は、最後の一枚を置いた。
「人を、寄越してください」
*
「腕のいい薬師を二名。王都から、この店へ。私が直接、調合を仕込みます。十日で『栄養剤』を、ひと冬で殿下の維持処方の一式を、作れるようにして返します」
「……薬師を、辺境へ、修業に……」
「はい。当面の繋ぎには、本日この場で、私が調合した薬を一月分お渡しします。早馬なら五日で王都。祈祷で半日稼げるなら、十分に間に合う計算です」
次官は、絶句していた。
診ない。動かない。けれど、処方も、薬も、人材育成も引き受ける。
「な、なぜ……そこまでするなら、なぜ王都へ来てくださらんのだ。そのほうが、貴女も早かろうに」
もっともな問いだ。だから私も、本当のことを答えた。
「私が王都へ行けば、殿下お一人は救えるでしょう。ですが私が居る限り、王都は私に頼り続けます。八年間、そうだったように。そして私が居なくなった途端、また同じことが起こる。――二月前に、起きたように」
次官が、ぐっと詰まった。
「私は二度と、『私にしか作れない薬』で人の命を支えません。あれは薬師の誇りではなく、ただの欠陥です。私が倒れたら終わる体制に、患者の命を預けてはいけない。……ですから、人を育てます。診ません。ただし――診られる人間を、育てます」
長い沈黙のあと、次官は深く、深く息を吐いた。
「……宰相閣下が仰っていた。『あの娘は、断ってなお、こちらの想像の上を行く』と。……分かった。すべて、その条件で」
「ありがとうございます。では契約書を。――ああ、それから」
私は、にっこりと付け加えた。
「研修費と手順書の納品料は、料金表のとおり前払いで。それと派遣する薬師の人選、バルテルミー局長の息のかかった方はご遠慮ください。理由は……ご想像にお任せします」
次官の苦笑いは、半ば、肯定だった。
*
会見のあと、回廊で閣下が言った。
「……見事だった」
「ありがとうございます。これでひと冬、忙しくなります」
「ああ。……いや、その、なんだ」
閣下は、珍しく言い淀んで、それから観念したように言った。
「『行かない』と聞いて、安堵した。俺はやはり狭量だ。……だが、貴女の答えは、俺の百倍広かった。動かずに、王都ごと治す気か」
「王都ごと、は大げさです。……でも」
雪の積もる中庭を眺めて、私は思う。
前の世の私は、自分の身体で全部を塞ごうとして、塞ぎきれずに終わった。
今度の私は、手を増やす。教えて、増やして、繋いでいく。
「薬師が増えれば、夜中に倒れる人が減ります。それは王都でも、辺境でも、同じですので」
「……そうか。では俺は、その学び舎の警備でも引き受けるとしよう」
「あら。では対価に、次の診察で苦いほうの煎じ薬を」
「おい。それは対価ではなく報復と言うんだ」
*
一月分の薬を積んだ早馬は、翌朝、雪煙を上げて王都へ発った。
五日後――王宮の寝室で、三月ぶりに「あの小瓶」の薬を口にした王太子アロイスは、その夜、一度も発作を起こさずに眠った。
侍医長は、空になった薬杯を捧げ持ち、ただ頭を垂れたという。
二月前、誰も意味を理解しなかった、あの言葉。
王都はようやく、その意味を一行残らず読み終えたのだった。
診ません。育てます。先生の戦い方が決まりました。次回は王都で祈り続ける、あの子のお話。ブックマークと評価、研修費はいただきませんので、お気軽にどうぞ。




